眼の健康とコンタクトレンズの専門医 医療法人社団 広辻眼科

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眼の病気 No.e176

投稿日 2023年1月10日

抗VEGF治療について

院長 廣辻徳彦

以前に黄斑変性症、糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症などの記事を書いた時に、その治療として抗VEGF治療について言及しています。抗VEGF治療は最近の眼科での治療において大きなウェイトを占める治療なのですが、これまでまとめて記載したことがありませんでした。また、年の初めにはよく干支にちなんだ病気のことも書いていましたが、ウサギの目が赤いことは以前記事にしていますので、今回は抗VEGF治療のことについて書いてみます。
 「抗VEGF治療」とは血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor:略してVEGF)の働きを抑える治療のことです。まずVEGFが何かというと、VEGFとは血管内の血管内皮細胞に働いて血管の分裂や遊走、分化などを誘発し、その結果既存の血管から枝分かれした新しい血管を作り出す現象(これを血管新生といいます)を引き起こすタンパク質のことです。血管新生は胎生期の身体に血管が発生して進展していくために重要な役割を持ちますし、外傷や手術後の創傷治癒の過程で働く生理的に大切なものです。しかし、さまざまな疾患とも関わりがあることがわかっていて、例えばガンなどの腫瘍では、自らVEGFを産生して血管新生を促して血管を腫瘍内に取り込み、栄養や酸素を取り込んで増殖、進展、転移していくので、この場合は身体にとってマイナスに働くことになります。眼科の病気でも加齢黄斑変性症や糖尿病網膜症、静脈閉塞症などにおいて、VEGFの働きによって出血や黄斑浮腫(網膜の中心部である黄斑部のむくみ)が引き起こされることがわかっています。どうして新生血管ができるとそのような状態になるのかというと、少し表現は不正確ですが、新生血管はもともと身体にある血管と異なり「急ごしらえ」の血管なので、血管壁の構造が雑でもろい作りになっていて、出血しやすく血管内の成分(水分など)が周りに漏れやすくなっているからです。そこで、VEGFが身体に悪い作用を起こす場合にそれを抑えるための抗VEGF治療が行われるということになるのです。
 眼科の病気で抗VEGF治療が行われるのは、加齢黄斑変性(中心窩下新生血管を伴う滲出型というタイプで、萎縮型は対象外)、中心網膜静脈閉塞症、網膜静脈分枝閉塞症(これらに伴う黄斑浮腫)、近視性脈絡膜新生血管(病的近視における脈絡膜新生血管)、糖尿病網膜症(これに伴う糖尿病黄斑浮腫)、未熟児網膜症、血管新生緑内障、という病気です。加齢黄斑変性では新生血管が出血や浮腫を引き起こし、出血が繰り返されると黄斑部を含んだ周囲の細胞自体がダメージを受けて、光を感じる機能を失ってしまいます。静脈閉塞症や糖尿病黄斑浮腫で黄斑部に長い間浮腫が続いても視力障害が生じます。
抗VEGF治療は硝子体内注射という方法で行われます(下図参照)。1回注射をして、経過を見ながら追加の注射を継続することが多いです。加齢黄斑変性の場合には、抗VEGF剤の種類によっても異なりますが1ヶ月ごとに3回連続で注射を行い、経過を見て悪化すればまた3回注射、とか悪化しなくても定期的に注射をして間隔をあけて継続、などの方法をとります。病気の原因を治療する方法ではなく新生血管に対する抑制治療なので、何年にも渡って複数回継続しても治らない場合や悪化していく場合も少なくありません。外来通院でできるところがメリットと言えますが、どれだけ念入りに消毒しても注射後に感染症(眼内炎)が生じるリスクはありますし、眼内出血や眼内の血管炎、黄斑円孔、網膜剥離や白内障の悪化などの報告もあります。身体への影響として頻度は少ないものの脳卒中(脳梗塞や脳出血)、心筋梗塞のリスクも有しています。抗VEGF治療のもう一つの難点は、その薬価が高いことです。現在日本では商品名でルセンティス、アイリーア、ベオビュ、バビースモという4種類が使用できますがどれも薬価が約11〜16万円と高額で、保険適応があるとはいっても負担が大きいのが難点です。ルセンティスのみ後発品がありますが、現時点での適応は加齢黄斑変性と近視性脈絡膜新生血管のみです。

患者さんだけでなく、国の医療費という観点からも問題になりつつあり、最近では眼科の総医療費の2割近くをこの薬剤が占めているとの報告もあるので、将来保険で回数制限などの規制がかかる可能性もあります。1回の注射で根治できるような治療薬の開発があればいいのにと願います。
(図は日本眼科学会HPから引用しました。)