眼の健康とコンタクトレンズの専門医 医療法人社団 広辻眼科

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眼の病気 No.e212

投稿日 2026年1月5日

角膜移植について

院長 廣辻徳彦

午年に関連する話題を考えた時、一番有名なことわざは「生馬(いきうま)の目を抜く」ではないでしょうか。生きている馬の目を抜き取るほど素早く物事を行うこと、またはずる賢く抜け目がなく、油断していると出し抜かれてしまう様子を表すことわざです。単に動作が速いだけでなく、相手の不意を突いて利益を得るような、抜け目がなく油断も隙もない、ずる賢い人を揶揄する際に使われることが多いです。 これを枕に使うのは不適当かもしれませんが、眼科医療において「目(眼球)をいただく」という行為は大変に重要な医療行為の一つです。今回は、亡くなった方の眼球をいただいて、病気の人に角膜を移植する「角膜移植」ということを考えてみます。移植という言葉を聞くと、「危険が高く、難しい治療」といった不安を感じる方も少なくありません。しかし、現在の角膜移植は、長年の研究と技術の積み重ねにより、安全性と成功率が大きく向上した、確立された医療になってきています。適切な診断と手術方法を選択することで、視力の回復が十分に期待できる治療法です。
角膜は、黒目の一番外側にある透明な膜で、外から入ってくる光を屈折させ、網膜に正確な像を結ばせる役割を担っています。カメラにたとえれば、水晶体とともにレンズの役割を果たす非常に重要な部分です。この角膜が濁ったり、変形したり、むくんだりすると、それ以外の眼の組織(水晶体や網膜、視神経)が正常であっても、「かすむ」「ゆがむ」「視力が出ない」といった見え方の異常が生じます。このような異常が出る病気はいくつかあり、いろいろな治療で十分な改善が得られない場合に、角膜移植が選択肢となります。角膜の濁りのことを「角膜混濁」といいますが、これは外傷、感染症(角膜炎)、先天異常、手術後の合併症などで角膜の透明性が失われた状態です。角膜のむくみは「水疱性角膜症」という病気で起こり、主に白内障手術や緑内障のレーザー手術後などに角膜内皮細胞が障害されることで、角膜がむくんで濁ることで視力が低下します。「円錐角膜」は、思春期頃から角膜が前方に突出し、薄くなることで強い乱視や視力低下を来す病気です。原因は明らかではありませんが、初期は眼鏡やコンタクトレンズで対応し、ビタミンB2と紫外線照射で治療(日本では保険外治療)を行いますが、進行すると角膜移植が必要になる場合があります。角膜ジストロフィは、遺伝的要因により角膜に異常物質が沈着し、徐々に視力が低下していく病気です。 
角膜移植は長い歴史を持つ治療です。移植に関わるすべての医療にとって拒絶反応が大きな問題となりますが、角膜は血管を持たない組織で、血管がないという特性は移植医療において他の臓器より拒絶反応が起こりにくいという大きな利点となっています。かつては、ドナーの方から角膜の提供を受ける際、眼球を丸ごといただいて、保存液に浸して保管する方法が一般的でした。この方法では、角膜の状態を良好に保てる時間が短かったため、眼球の提供から移植までの時間に制約がありました。角膜の提供を待つ患者さんに緊急に連絡をして、準緊急手術として扱われていました。しかし、約25年前からは、角膜とその周囲の強膜を一塊として「強角膜切片」として切り出し、専用の保存液や低温で管理するなどで長期間保存することが可能になりました。この技術が角膜の安定供給を支える大きな転換点となりました。現在は、アイバンクを通じてその状態や細菌感染などが厳密に管理された角膜が提供され、移植医は角膜の状態を十分に評価したうえで手術を行うことができるようになっています。こうした保存技術の進歩が、角膜移植を「特別な治療」から「標準的な医療」へと押し上げてきたと言えます。
手術方法も大きく進化しています。従来は角膜全体を入れ替える全層角膜移植(PK)が主流でしたが、近年では病変のある部分だけを移植する層状角膜移植が広く行われるようになりました。角膜前方の病変に対しては深層前部層状角膜移植(DALK: Deep Anterior Lamellar Keratoplasty)、角膜内皮の障害に対しては角膜内皮移植(DSAEK:Descemet’s Stripping Automated Endothelial Keratoplasty)やデスメ膜内皮角膜移植術(DMEK:Descemet Membrane Endothelial Keratoplasty)といった内皮移植が選択されます。特にDMEKは、拒絶反応が少なく、視力回復が早いことから、現在の標準治療の一つとなっています。角膜全層移植(上図)はレシピエント(角膜を提供される側)の角膜(黒)を、ドナー(角膜を提供してくれる側)の角膜(グレー)と交換します。DSAEK(下図)ではドナーの角膜内皮一層のみを移植しています。角膜移植は、視力と生活の質を守るための前向きな治療選択肢となっています。

とはいうものの、角膜移植は角膜提供者(ドナー)の善意によって初めて成り立つ医療です。保存技術や手術が進歩した現在でも提供数は十分とは言えず、社会全体での理解と啓発が欠かせません。現実として日本では、主に米国から輸入されて治療に用いられている角膜が半数以上であるとも言われています。欧米に比べて日本で移植医療が滞る傾向にあるのは、いい悪いではなく死生観による影響もあるのかと思いますが、角膜だけではなく「移植医療」についても、考える機会を持ちたいものです。