「乱視」とは(その3)
院長 廣辻徳彦
乱視の話だけで3回も紙面を使うことになるとは思ってもいませんでしたが、最終回です。 前回の話のように、乱視で強主経線と弱主経線で表されるような、円柱レンズで矯正できるタイプを「正乱視」と言います。「正乱視」は一般に私たちが考えているところの乱視です。人間の眼は機械のように精密ではないので、厳密に言えばほとんどの人の眼に多かれ少なかれ存在しています。ただ、遠くがよく見えているような「いい目」の人であれば、「乱視が(ほとんど)ない」と考えていただいても問題ないと思います。
さて、「正乱視」があれば「不正乱視」と言う乱視もあります。少し大ざっぱな説明になりますが、円柱レンズで矯正できる乱視が「正乱視」で、角膜や水晶体という眼のレンズ系に凹凸などがあり不規則に歪んでいる状態を「不正乱視」と言います。水晶体の形が凹凸になると言う病気は数少ないので、不正乱視を起こす眼の病気はほとんどが角膜に由来します。角膜に凹凸ができる原因には、円錐角膜や外傷、感染症などによる瘢痕(キズ跡)や翼状片と、角膜変性症といった角膜の病気などがあります。
円錐角膜は思春期ごろに発症し、角間中央部からやや下方部分が円錐状に突出してくる病気です。30歳位になるまで徐々に進行し、それに伴って乱視の程度も強くなって視力低下も進みます。乱視が少ない初期は眼鏡でも矯正できますが、進行に伴って不正乱視の成分が増えて眼鏡で矯正ができにくくなります。進行の予防と視力矯正のためにハードコンタクトレンズの装用が有効とされています。進行が強くコンタクトレンズで矯正しにくくなったり、角膜の変形のせいで装用自体ができなくなったりする場合には、角膜移植が行われることもあります。最近、円錐角膜に対して「角膜クロスリンキング」と言う治療も行われています。角膜にリボフラビン(=ビタミンB2)を点眼しながら、365nmの波長の紫外線を角膜に照射すると、角膜実質にあるコラーゲン繊維が架橋(クロスリンキング)される現象が起こります。この架橋で角膜の強度が強くなるので、その時点での角膜形状を保持して円錐角膜の進行を抑えることができるというものです。下図1と2は円錐角膜の写真です(慶應義塾大学病院のサイトから引用)。角膜が変形しているのがわかると思います。図3は当院の患者さんで、円錐角膜にハードコンタクトレンズをしています。色素で涙を緑色に染めていて、円錐形になっている中央部には涙が少なく、変形して凹んでいるところに涙が貯留していることがわかります。図4と5は角膜形状を解析する器械で撮られた写真です。乱視がなければきれいな同心円状のリングが写ります。地図の等高線や気圧図を想像してみてください。図4は正乱視の写真で、8の字型に写る特徴があります。図5は円錐角膜で、中央下部が突出した形で描写されています。
角膜の外傷で角膜に穿孔が起こったり、感染症で角膜の中央部に近いところに潰瘍ができたりした後の瘢痕(キズ跡)のために角膜が変形してしまうことがあります。肉眼で見た目にそれほどわからないものでも、角膜は精密なレンズなので、瘢痕のせいで不正乱視ができてしまいます。元々の外傷や感染症の重症度によって、残る不正乱視の程度も様々です。角膜の状態がある程度回復していればコンタクトレンズを使うなどして視力を出せる場合もありますし、視力を矯正することがどうしても難しい場合もあります。翼状片は10年以上前に一度マンスリーでも取り上げたことがあります。角膜の中心部に向かって結膜が三角形の形で伸びてくる病気です。原因はよくわかっていませんが、進行して中心部に近づいてくると角膜にひずみが生じて不正乱視を引き起こします。中心部まで伸びてしまうと物理的に光が入ってくるのを邪魔するので見えにくくなりますが、そこまで放置はせずに乱視が起こってくるぐらいになれば手術治療します。
乱視があるだけで眼鏡の作成に気を使うことがよくあります。眼科医にとって乱視は難しいしい相手なのです。