近視の進行抑制のために
院長 廣辻徳彦
昨年から、「近視」に関して、NHKや民放の番組で小さな特集が組まれたり、大学の先生がお話をされたりという場面を目にする機会が増えたように思います。このマンスリーでも過去何回か近視については取り上げていますが、それは近視をはじめ遠視、乱視という屈折異常が眼にとって大切なものだからですし、特に近視は緑内障や網膜剥離、黄斑変性症という病気のリスクファクターになるからです。一部は繰り返しになってしまいますが、今回は改めて近視の抑制に関することを書いてみたいと思います。
近視とは近くが見えて(遠くが見えにくい)、遠視とは遠くが見える(けれど近くが見えにくい)、と理解されている方がいらっしゃいます。全く間違いではありませんが、遠くを見たときに自然と網膜にピントが合う状態が「正視」という正常状態であるのに比べ、「近視」では網膜より手前にピントが合う状態、「遠視」では網膜より後ろにピントが合う状態になっています(下図)。ただ、私たちにはピント合わせをする「調節」という力があり、その力を使えば軽い遠視の場合は遠くを見ているときに、本来網膜上に合わないはずのピントを無意識のうちに合わせることができます。そのため若いうちは軽い遠視の人は正視の人と同じように遠くにピントが合わせることができ、遠視も遠くが見えるのです。このピント合わせの力が年齢的に衰えてくる(調節力の低下)のが老視(いわゆる老眼)といわれるもので、だんだん手元が見えにくくなります。その年齢になると遠視の人は遠くを見るときの調節もできにくくなるので、若い頃は見えていた遠くのものが見えにくくなっていきます。
近視の発生原因はまだはっきりとわかっていません。しかし、近視が進むとほとんどの場合、眼軸長という眼の前後径が長くなっていくことはわかっています(軸性近視)。遠視はもともと眼軸長が短い場合が多く、さらに短くなって遠視が進むことはありません。近視が進行して眼軸長が長くなっていくと、網膜などの組織も元の状態からだんだんと薄く引き伸ばされることとなります。その結果、眼球の内側にある網膜や脈絡膜という組織も薄くなり、構造が脆弱になっていきます。少し大雑把な書き方になりますが、網膜が薄くなると弱いところができるので、そこが破れて網膜剥離を起こしやすくなります。網膜の中心部にあたる黄斑部で、網膜と脈絡膜という組織の境目にある網膜色素上皮が薄くなると黄斑変性症のリスクが高まります。眼軸長が延びて、視神経の部分に構造変化が起きると緑内障のリスクが高まります。網膜剥離は多くの場合手術で治療が可能ですが、黄斑変性症と緑内障はもともと高齢者で発症リスクが高くなる病気であり、しかも元どおりに治療できない病気です。近視の影響が減らせるのなら、「近視が進みやすい小中高校時代に注意しておく」に越したことがないと言えます。
以前のマンスリーで紹介した近視についての知見です。1.近視には遺伝的な因子が最も強く関係する(リスクは両親が近視だと7~8倍、片方なら2~3倍)。2.都市部に居住する方が、IQや学歴が高い方が、近業をより長時間、より近距離で行う方が近視になる。3.戸外活動が多いと近視を抑制する。つまり、進行すると言われる逆のこと行えば、近視の抑制に繋がると考えられます。遺伝的素因は仕方がないとして、読書時、勉強時、スマホなどの使用時には、距離を取ること、連続する作業時間を短くして休憩を入れることが大切です。寝転んでの読書やスマホは、座っているときよりも距離が近くなるので要注意です。スマホなどのブルーライトが影響を与えるについては確証がなく、それよりはスマホを使用している近業の影響と考えられます。テレビで近視抑制についての話題で取り上げられていた低濃度のアトロピン点眼は、まだ日本では認可されておらず検証中です。近視抑制効果(治療ではありません)がわかれば、広く使用されていくと思われます。オルソケラトロジーという夜間に使用するコンタクトは、子供への角膜障害の可能性を完全には排除できていません。戸外活動での時間が長いと近視の進行が少なかった事実から、バイオレットライトという光を眼に照射するという方法も唱えられていますが、日本眼科学会のHPには確立されていないと明記されています。サプリメントや超音波なども軸性近視を回復させた報告はありません。今のところ、特に10代までの間は、近業時の距離と時間に注意するのが大切と言えるでしょう。