眼の健康とコンタクトレンズの専門医 医療法人社団 広辻眼科

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眼の病気 No.e88

投稿日 2015年9月1日

白内障の薬物治療

院長 廣辻徳彦

先日、NHKテレビで白内障の薬物治療についての番組があったそうです。私はそれを視聴していないのですが、テレビで紹介される医療情報はやたら大袈裟な表現をすることが多いので、十分に注意して聞いていただく必要があります。現在、白内障で生じた濁りを取り除く(=治す)薬はありませんが、少しでも進行を遅くすることができるかもしれないとして使われている薬はあります。わが国で使用できる白内障薬は以下の通りで、実際には内服薬はほとんど使われていないので、点眼薬のみが使用されている状況です。
・点眼液:ピレノキシン(カタリン、カリーユニ):白内障を引き起こす物質の作用を妨げる
グルタチオン(タチオン):抗酸化作用で白内障を予防
・内服 :チオプロニン(チオラ)と唾液腺ホルモン(パロチン):タンパク質不溶化抑制作用という機序

さて、覚えている方はいらっしゃらないと思いますが、2003年6月の読売新聞に「白内障、日本独自の点眼薬治療:科学的根拠なし、予防薬も推奨できず」という記事が載りました。厚労省研究班がこれらの薬について、過去の臨床試験データを検討したところ、症例数が少なすぎたり、評価方法に客観性が欠けていたり、信頼度の高い試験は殆ど無く、有効性が十分証明されていないという内容です。私たちが使う薬は、例えば高血圧の薬でも、それを「使うグループ」と「使わないグループ」に振り分けて、一定期間の経過観察ののち、「使うグループ」に間違いなく効果が出ていると統計学的に認められて、初めて認可されます。薬の安全性や、適切な濃度と使用量の検討も行われています(これらを合わせて「治験」と言います)。すなわち、白内障の点眼薬にはこのようなデータに基づく評価が行われていないため、科学的根拠がないとされても仕方がない部分があるということです。一方で、2004年にポーランドと金沢医科大学との共同研究で、59歳以下の群の初期(混濁面積が20%よりも小さい)の皮質白内障にピレノキシン点眼治療を開始した場合、コントロール群と比較して白内障進行の抑制効果がみられたという結果が報告されました。残念ながら、混濁面積が20%よりも大きい皮質白内障や、核白内障、後嚢下白内障、60歳以上の白内障群では進行抑制効果はなかったという結果でした。ヒトを対象にした他の報告はあまりなく、この一報だけで点眼薬の効果を証明するのは少し難しいところです。近年、動物に人工的に生じさせた白内障に対して、この薬が進行を遅らせたという報告もあるようで、評価がし直される必要はあると思われます。(テレビにご出演の先生は金沢医科大学の教授でしたので、薬物治療の効果をことさら強調されたのかもしれません。)
白内障は、加齢や紫外線刺激による水晶体内のタンパク質の変性で生じます。加齢による変化は身体のすべてで起こってくるもので、残念なことにそれを止めることはできません。白内障の最終的な治療は手術しかありませんが、手術は白内障の程度が進行すればするほど、年齢が上がれば上がるほどリスクが増えるものなので、生活に不自由を感じているのにも関わらず手術を先送りにするというのはあまり良い選択とは言えません。とは言うものの、せめてそれが遅くなるようにしたいと思うのは自然なことです。できるだけのことをしたいならば、白内障点眼薬を使用し、紫外線対策としてサングラスや帽子の着用を欠かさないようにする選択はありです。自然の進行に任せて、適当な間隔での受診を行い、不自由を感じれば手術を選択するというのもありです。
その昔、40~50代の全く症状も出ていない白内障の患者さんに点眼薬を処方し、点眼を怠ってしまった時に「どうして点眼薬を使用しないのだ」と怒る無茶な眼科医もいたと聞いたことがあります。60歳未満の初期の白内障では進行抑制ができる可能性もあるので、処方することは問題ないのですが、そんなことで怒られるのは納得がいきませんね。もちろん、これが緑内障の薬なら忘れてもらっては困ります。白内障の点眼薬には使う選択肢も使わない選択肢もあります。「少しでも手術するまでの期間が伸びれば儲けもの」、くらいの気持ちで使うのがちょうどいい具合なのかもしれません。
(今回の内容は、読売新聞と日本白内障学会HPから一部引用させていただきました。)