iPS細胞の臨床研究が始まる!(2)
院長 廣辻徳彦
今回は、9月12日に手術が行われた「滲出型加齢黄斑変性に対する自家iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植に関する臨床研究」に関しての話題の続きです。最近のニュースでは、9月18日に退院された患者さんは「見え方が明るくなった」というように自覚されているそうで、2例目に選ばれた患者さんの皮膚細胞からの培養も開始されたということが伝えられています。患者さんの選定から説明をして実際に手術が行われるまでには多くの時間を要します(下に理研のホームページから「臨床研究の概要」の流れを示す図を引用しました)。また、手術後も6カ月に及ぶ毎月の検査、1年目までは2カ月に一度の検査、その後毎年1年ごとに詳しい検査を行い、移植された色素上皮シートの安全性などを確認していくこととなるので、本当にやっと第1歩が始まったところなのです。臨床研究は6名の患者さんを対象にしています。結果の報告には数年を要することになるでしょうが、つい先日には京都大学のチームによる、「iPS細胞由来の心筋組織シートを心筋梗塞のラットに移植し、心臓機能の回復を確認した」という報告がありました。iPS細胞から発生させた組織を用いた、さらなる研究の進歩があることを期待したいと思います。
さて、改めてこのiPS細胞由来の組織に関してのいくつかの「問題」を考えてみましょう。
まずは「安全性」についてです。当初iPS細胞を作製するときに使用された遺伝子の中には、「がん化」を引きおこす懸念がある遺伝子がありました。現在は他の遺伝子や手段が用いられますが、それでも分裂を繰り返す間に「がん化」する可能性がゼロであるとは言い切れません。また、本人の細胞由来であっても未分化なiPS細胞が残っていると、拒絶反応や「奇形腫」という腫瘍ができてしまう原因になってしまいます。色素上皮細胞のシートを作製している10カ月に及ぶ期間中、組織の安全性は何重にもチェックされているそうです。
「費用」の問題も無視できません。滲出性加齢黄斑変性に対しては、近年抗VEGF剤の硝子体注射という治療を行うことで、以前に比べて視力を維持できることも増えてきました。しかし、そのために毎月、もしくは2、3ヶ月に1回注射を行う場合もあり、通院や費用(高額医療費の控除を受けられます)の負担も必要になります。この薬は保険適応の承認があるもので1本約16~18万円(3割の方で約5万円の自己負担)と高価なので、昨年度使用された薬剤費の総額は約300億円以上、今年度は400億円以上になるといわれています。ちなみにこのお金は、一旦医療機関の窓口で支払われた後、そのほとんどは医療機関を素通りして海外の製薬会社の収入となります。今回行われている臨床研究は治験ですから患者さんの負担はありませんが、1人当たり5千万円程度の費用を要すると聞いています。お金の話はいやらしいという考えもあるでしょうが、「最高の治療をすべての国民に」と「国の医療費(への税金の投入)をこれ以上引き上げないように」という考えは、簡単に両立できるものではありません。
「技術と倫理」などについて考えてみましょう。今回は色素上皮細胞ついての臨床研究について話題にしましたが、先に少し触れたように心筋についての研究など、iPS細胞を障害された組織の修復、治療に応用しようという研究が進んでいます。もうひとつ大事なiPS細胞の研究が治療薬への応用です。ALSという難病に対してその病気の特徴を持つ細胞を作り出して治療や発症メカニズムを解明する研究や、軟骨無形性症の患者さん由来iPS細胞から作製した軟骨細胞を用いてスタチンという薬が有効である可能性を示唆した研究などが進んでいます。先日亡くなられた理研の笹井先生は、ES細胞から眼球の元となる初期の眼杯の発生に成功されていました。技術はこのようにどんどん進歩しています。ここに倫理観がないと生命の誕生に関わることにまで科学が凌駕してしまうことになってしまいます。荒唐無稽ではありますが、自分のクローン人間を臓器移植用に作っておくという映画もありましたね。また、新しい技術の開発にはその特許申請など、それを守るために必要な事柄も考えないといけない時代になっています。技術を「盗む」という行為さえ考えなければいけないのは、残念なことではありますが・・。
研究も医療も、結局は人が行うものです。素晴らしい研究をされている皆さんに敬意を表したいと思います。