AIと医療
院長 廣辻徳彦
ひと月ほど前、中学生棋士の藤井四段の連勝記録が話題になっていました。連勝記録は29で途切れましたが、7月末の時点で34勝2敗という好成績です。最近の若手棋士たちは棋譜を勉強するのは当然として、AIソフトでの研究をしているそうです。将棋のAIソフト「ポナンザ」は、すでに人間では敵わないレベルに到達していると言われていますし、囲碁のAIソフト「アルファ碁」は世界最強といわれる中国の棋士を相手に完勝したそうです。
AIとは「人工知能:artificial intelligence」のことを言います。ウィキペディアには「人工的にコンピュータ上などで人間と同様の知能を実現させようという試み、或いはそのための一連の基礎技術を指す。」と解説してあります。私も詳しくは説明できませんが、将棋や囲碁のソフトでなくても、エアコンで部屋の温度や湿度、人の位置を感知して適切なコントロールをするのもAIです。これまでのコンピュータは、人間が与えたデータやプログラム内でしか働くことができませんでした。しかし、存在する大量のデータの中からコンピュータが自ら物事を分類、仕分けして処理する方法を見つけ出す「ディープラーニング」という技術が開発され、これまでコンピュータにできなかった「学び、考える」という分野で人間に迫ってきたのです(囲碁、将棋に限れば追い越されたとも言えますね)。ヒトが犬と猫を見分けるのは簡単なことですが、コンピュータにそれを見分けさせるにはそれぞれの特徴を入力する必要があり、全部の情報を入力するのは困難でした。しかし、ディープラーニングでは1000万枚もの写真のデータから顔の特徴をコンピュータが自分で認識し、丸い顔に目が二つ、口が一つという共通点はあっても、「ネコの顔」を区別できる概念を得ていくのだそうです(認識した概念に「これがネコの顔」という題目を与える必要はあります)。最近話題の「自動運転」も、車の位置、速度、車間距離や周りの情報から、安全に車を走行させるAIなくしては実現しません。インターネットでヤフーなどのページを見ている時に出てくる広告も、自分が過去に見たページや買い物の記録から、AIがその人用に選択しているのです。
医療においてもAIは発展してきています。医学の知識は日進月歩、数年前に最新の治療だったものが新しい治療に置き換わったり、見向きもされなくなったりすることすらあります。同じ病気であっても薬の種類や量を変えることがありますし、病期によっては治療自体が異なることもあります。代表的な治療方法(標準治療)は「ガイドライン」にまとめられますが、これも時代とともに変化していきます。病気の診断は、患者さんの訴え、身体の所見、血液検査をはじめとする様々な検査所見、CTなどの画像所見、病像の経過、など様々な情報を基に考えられます。私たちは持っている知識と経験からそれを行うのですが、出来る限りの努力をしたとしてもすべての経験と知識を保ち続けられませんし、一瞬のうちにフル活用できる訳でもありません。
AI技術が進歩すれば、以下のように活用できると考えられます(一部はすでに現実のものです)。
- 膨大な医療知識、文献、ガイドラインを常に収集し、活用する(最新の知見を維持し続けられる)。
- 患者さんからの訴えを聞き、さらに情報を収集し、必要な検査を選択。
例えば、「お腹が痛い」なら「いつから痛い」、「どのあたり」。「熱発があるか」などをさらに詳しく聞く。
その結果、診断のアルゴリズムにしたがって必要と考えられる検査をオーダーする。 - 行った検査の結果を解釈し、診断名を考え、鑑別に必要な検査があればさらに実施。
- 治療の立案と実施
実際にAIが直接治療することはまだ難しいでしょうが、薬剤の選択は標準治療に則って計画できるでしょう。
現在使われている手術支援ロボットの「ダ・ビンチ」では、操作する術者の手のふるえを補正でき、より細かな
動きができるなど、ヒトの手の動き以上の操作ができるそうです。 - 治療結果を蓄積し、次の治療に活用。
現在行われている診療を、「膨大なデータをもとに行う」ことで、診断の正確性や鑑別力が高まることが期待できます。さすがに患者さんの身体に触れてわかる感覚や、微妙な訴えを感じる感覚、手術などの技術的なことは当面代用できないでしょうが、X線やCTなどの画像診断なら数年でかなりのレベルになるだろうと言われています。将来、コンピュータ自身が集めたデータをもとに新しい知識を自ら学んでいくようになれば、医療だけでなく政治、経済の分野もコンピュータに委ねるSF映画や手塚治虫さんの漫画の世界のようになって行くかもしれません。