タバコについていろいろ
院長 廣辻徳彦
8月のお盆休みに訪ねた外国でのことです。その国ではどこの路地でもタバコの匂いがするといってもいいぐらいで、ホテルのレストラン内でも皆さんタバコを吸っていらっしゃいました。日本でも繁華街やレストランなどで喫煙者を見かけることはありますが、昔に比べればはるかに少なくなっているのでこれには驚かされました。もっとも世界的には禁煙に向かう旗が振られている傾向で、例えばオリンピックを開催した都市(2004年以降リオまで)では、すべて罰則付きの受動喫煙防止策が導入されているそうです。世界保健機関(WHO)の資料では、2014年の時点で世界188カ国中49カ国が屋内全面禁煙としており、受動喫煙政策の普及状況を示した評価基準(医療施設、大学以外の学校、大学、行政機関、事業所、飲食店、バー、公共交通機関の8種類の施設のうち、いくつで全面禁煙にしているか)では、分類不能な国を除くと日本は4段階中の最低ランク(北朝鮮より下)でした。受動喫煙対策を強化する健康増進法改正が、自民党などの反対で国会審議にすら入れなかったのも頷けます。
なぜ、近年タバコの害がこれだけ言われるようになってきているのでしょう。タバコの煙の中には数百種類の有害物質が含まれ、ニコチン、タール、一酸化炭素の他にも多くの発がん性物質が存在します。多くの研究で、口腔・咽頭がん、喉頭がん、食道がん、胃がん、肺がん、すい臓がん、膀胱がん、子宮頸がんなどの発症リスクが高まることがわかっています。他にも動脈硬化や高血圧、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病や、慢性呼吸器疾患(COPD)、うつ病などのリスクも高まります。妊娠中の女性であれば、妊娠の継続や出産だけでなく胎児にまで影響があります。眼科分野では、失明原因にもなる「加齢黄斑変性」と喫煙との関連が高いとわかっています。がんのリスクは言わずもがなですが、脳卒中や心筋梗塞は死に直結しますし、後遺症に苦しむことも少なくありません。慢性呼吸器疾患では肺から酸素を取り込めないので、携帯用の酸素ボンベに頼る生活を余儀なくされます。これだけのリスクがあるのに喫煙をやめられないのは、多くの場合喫煙者が「ニコチン依存症=ニコチン中毒」になっているからです。ニコチンの依存性は麻薬と比べても高いと言われていますし、依存からの脱却も簡単にはできません。
喫煙者が自分の健康を犠牲にしてタバコを吸うのを「自己責任」と言ってしまえばそれまでですが、そのためにリスクが増える病気の治療に医療費が費やされる問題が存在します。その額は年間で国民医療費の数%にあたる(軽く1兆円以上)という試算もあります。自己責任ですまないのが、家庭や職場などでまわりの喫煙者に煙を吸わされる「受動喫煙」です。2014年の厚労省の研究班の発表では、喫煙との因果関係が明らかな虚血性心疾患、肺がん、脳卒中に限って推計した場合、日本では受動喫煙が原因で年間1万5千人が死亡しており、それにかかる医療費、生産性損失の合計は3231億円になるということでした。図は14年間1万人の追跡調査をしたNIPPON DATA80の結果で、男性では1日20本以内でも4.2倍、20本以上では7.9倍心疾患での死亡率が多く、毎日1箱の喫煙では1.7~1.9倍の相対危険度であると推定されました。同時に、禁煙した人ではそのリスクが減ることも示されています。他にも、家庭での喫煙は子供にも影響があり、乳児突然死症候群や成人になってからの肥満や糖尿病のリスクが増加する、数学や読解力の低下に影響があるとの報告もあります。親や兄姉が喫煙していると、子供や下の子が喫煙するようになる割合が高くなるそうです。喫煙者にとっては耳の痛い話ばかりです。
最近では自分で吸う(能動喫煙=一次喫煙)、人の煙を吸う(受動喫煙=二次喫煙)だけでなく、喫煙者の髪や衣類、生活用品についたタバコの有害物質(ニコチン)に触れて生じる三次喫煙が話題になっています。一本タバコを吸うだけで服にも手にもかなりの臭いや物質が付くのです。タバコを吸っている部屋の壁紙や布製のソファは、数ヶ月もすれば変色(着色)するのがわかります。三次喫煙では特に影響を受けるのは乳幼児と言われています。喫煙者のおじいちゃんのお家には孫を連れて行きたくない、触られたくないというお母さんも増えているようです。
世間では逆風にさらされているタバコですが、「吸う自由」まで否定しようとは思いません。周りに迷惑をかけないように気を配りつつ楽しんでほしいと思います。(今回は厚生労働省、日本循環器学会の禁煙推進員会、ファイザー社のHPを参考、引用いたしました。)