硝子体手術について(その1)
院長 廣辻徳彦
眼科の手術にもいろいろあります。一番有名で、しかも数多く行われているのは言うまでもなく白内障手術で、国内だけで1年間に約120万件を超えていると推測されています。日本では医療を受ける機会が均等でレベルも高い(実際にはある程度の地域差は存在します)ので、白内障による視力障害に対して「手術ができない、もしくは病院にかかることすらできない」という理由で社会的失明(生活ができなくなるような視力)になることは少なくなっています。しかしながら、世界的に見れば社会的失明の一番の原因は白内障なのです。他にも緑内障や眼瞼下垂、霰粒腫(いわゆるメバチコ、ものもらい)などの多くの病気に対して、それを治療する手術があります。今回は眼科手術の中で、「硝子体手術」というものについて書いてみたいと思います。白内障手術や緑内障手術は、「白内障」や「緑内障」という病気に対する手術です。しかし、硝子体手術の「硝子体」というのは、病気の名前ではなく眼の中にある組織の名前です。網膜剥離、増殖糖尿病網膜症、黄斑円孔、黄斑上膜、硝子体出血などさまざまな病気に対して、硝子体という組織からアプローチする手術を総称して「硝子体手術」と呼んでいるのです。
まずは、硝子体という組織について考えてみましょう。硝子体は眼球の中央部にあって、水晶体、毛様体、網膜に囲まれた部分を満たしているゼリー状の物質です。眼球は、胎児の頃にその元となる眼杯というものができて次第に成長していくのですが、中央部分で眼球の形状を保ちながら体積を増やしていくのが硝子体です。胎生数ヶ月頃までは硝子体の中にも血管が通っているのですが、出生時には99%が水分、残りをコラーゲン線維やヒアルロン酸、糖蛋白などから成る透明なゼリー状の組織となります。生まれてからも小学校の高学年から中学生ぐらいまで眼球は成長する(大きくなる)ので、その過程においても眼球の形を保つのに役立っています。
硝子体は透明なゼリー状で眼球の中を満たしていますが、「物を見る」という点においては、角膜や水晶体が焦点を合わせる「レンズ」、瞳孔が光の量を調整する「絞り」、毛様体筋がピント合わせをする「調節」、網膜が光を感じる「フィルム」の役割をそれぞれ果たしているのに比べ、光を通過させるだけの組織です。形状は生まれたころから若い間はプリプリのゼリー状ですが、年齢が増すにつれてだんだん液状化していきます。かなり以前にもお示しした図ですが、下図の①(下図は左から①、②、③、④)は眼の中の硝子体という部分を示しています。点状のところが硝子体で子供のうちはゼリー状ですが、成人になると液状のところ(図では空洞部分:白い矢印のところ)が増えていきます。だいたい40歳ごろ以降に、②のように液状になった部分とゼリー状の部分が分離する現象が生じます(後部硝子体膜という薄い膜が、網膜の表面からはがれる現象で、これを「後部硝子体剥離(⇒のところ)」といいます。厳密にいえばもう少し細かな変化があるのですが、ここではわかりやすく書いています。また、このときに「飛蚊症」が生じることがあります)。硝子体が網膜からはがれる際に③のように網膜(図では黄色の膜)が破れると、網膜に「裂けめ」ができて網膜剥離や硝子体出血という病気を生じることもあります。
図④はOCTという検査機器で、黄斑部という網膜の中央部分をCTのように断面図で撮影したところです。上図が正常の状態で、中央のへこんだところが黄斑部です。矢印のところにとても薄い線が見えますが、これが網膜から剥離した後部硝子体膜です。下図は硝子体膜が網膜に強く癒着して網膜から剥がれずに、黄斑部などが引っ張られている状態です。へこんでいるはずの黄斑部がおかしな形になっています。このため、ものが歪んで見えたり視力が低下したりします。このような網膜と硝子体の癒着が原因で生じる病気に対して、眼の中に器具を挿入し、「出血などを取り除く」、「網膜と硝子体との癒着を剥がす」、「網膜の状態を元通りに近づける」ための手術が「硝子体手術」なのです。詳しい手術の内容は次号で書くことにします。