糖尿病網膜症(最近の話題を少し)
院長 廣辻徳彦
あけましておめでとうございます。年末とお正月にはごちそうやお節をいただくので、どうしても栄養を摂りすぎる傾向になりますね。特に、糖尿病の患者さんにとっては、節制が難しくなる時期でもあります。新年初めの話題は、以前「メタボリックシンドロームと眼」という項目で一度ご紹介した「糖尿病網膜症」について、少しばかり最近の知見を添えてご紹介します。
糖尿病はインスリンがすい臓から分泌されないか、分泌されたインスリンが十分に作用しないかで発症する病気で、遺伝性の素因や生活習慣などが原因になるといわれています。糖尿病ではインスリンが働かないので血液内の糖分濃度が高くなり、血管の内部の壁が障害されます。眼においては、眼内の血管は細いので障害されやすく、血管がつまったり出血しやすくなったりします。血流が途切れると網膜への栄養が不足するため、新しく血管(新生血管)が作られます。この新生血管は急ごしらえでもろい構造なので、出血を繰り返したり血管の中の成分が漏れやすくなったりする性質を持ちます。そのため視力の低下や視界のゆがみが生じることがあり、さらに病気が進行すると網膜剥離や緑内障という病気が併発し、失明に至ることもあります。
糖尿病網膜症は、糖尿病のコントロールが悪いほど出現しやすいことがわかっています。マンスリーNo.32に詳しく書いていますので割愛しますが、進行した網膜症には障害された網膜へのレーザー光凝固で、網膜剥離などに対しては硝子体手術などを行います。
網膜症の中で、視力に影響が大きいのが黄斑部(網膜の中心部)での出血や浮腫(むくみ)です。この黄斑浮腫はコントロールが良い場合でも生じてくることがあり、一番大事な部分の病気なので「見えにくい」という症状を感じやすい厄介なものです。レーザー光凝固は浮腫を軽減させるのに有効な治療で、進行した網膜症に対する第一選択の治療となります。しかし、黄斑部に関してはレーザーが黄斑部の細胞自体までも障害してしまうので、慎重に施行しなければなりません。黄斑浮腫には従来「グリッド凝固」という方法が行われていましたが、確実な効果を得られるエビデンスがありませんでした。最近では、新しいレーザー装置が開発され、これまでよりも小さいエネルギーで、しかも効率よくレーザー光凝固ができるようになっています(ただしとても高価)。黄斑浮腫だけでなく、一般的な網膜症に対しての光凝固も効果的な治療ができると期待されています。小さい図でわかりにくいかもしれませんが、これまでは一点ずつレーザーをしていたものが、格子状など様々なパターンで一気に、しかも小さい総エネルギーで照射できるという仕組みです(右図はニデック社のHPから改変して引用しました)。
他に黄斑浮腫に有効とされているのが、黄斑変性症でも用いられる抗VEGF剤(商品名:ルセンティス、アイリーアなど)の硝子体注射です。トリアムシノロンというステロイド剤も使用されます。光凝固と併用することでも良い成績が得られるという報告もあり、有効な治療として注目されています。しかし、抗VEGF剤は1回の薬代が約18万円(健康保険があるので患者さんの負担はその3割とか1割とかです)と高価で、国民の医療費に少なからず影響を与えているという問題も生じています。
もう一つ、最近オーストラリアで、高脂血症に対する薬が「糖尿病網膜症の進行抑制に有効」であるとの承認を受けたという話題があります。日本でもよく使われている「リピディル(一般名:フェノフェイブラート)」という薬のことです。2型糖尿病の患者さんで、この薬を服用したグループの方が、光凝固の新規導入と増殖網膜症への進行を遅らせ、光凝固の実施総回数を減少させたという報告に基づいたものです。日本ではこの効能はまだ承認されていませんが、今後検証が進めば網膜症予防のために使用できるようになるかもしれません。いずれにせよ、合併症を防ぐための一番の対策は血糖コントロールです。どうか気をつけてください。