眼窩底骨折
院長 廣辻徳彦
日、ヤフーのニュースに「女子プロレスで顔面崩壊」という、何とも大変な見出し記事が載りました。ある試合で、一方の選手が非常に激しい殴打を相手選手の顔面に続けたために、頬骨、鼻骨、左眼窩底骨折、網膜振とう症というケガを負ってしまったというもので、大変痛々しい写真でも載っていました。私も中・高時代は大変なプロレスファンで、その当時ゴールデンタイムに放送されていたプロレスをよく見ていたものです。プロレスは「格闘技」とはいうものの、それなりのルール(ブックというそうです)に基づいて行われるエンターテインメントですから、ただの殴り合いになってしまってはいけません。以前に「スポーツのけが」の項で取り上げましたが、改めて「眼窩底骨折」について取り上げてみます。
眼球は頭蓋骨の中の(本来眼球のある部分の)左右のくぼんでいる場所に収まっていて、この部位を「眼窩」といいます。もともと、頭蓋骨は一つの骨ではなく、前頭骨、側頭骨、上顎骨、鼻骨などの幾つもの骨が集合したものです。そのうち眼窩というくぼみは、前頭骨・上顎骨・頬骨(きょうこつ:ほおぼね)・口蓋骨・蝶形骨(ちょうけいこつ)・涙骨・篩骨(しこつ)という7つの骨で構成されています。視神経を通す穴(視神経孔)や眼球を動かしたり痛みを感じたりする神経、血管などが通る穴(上眼窩裂と下眼窩裂)で頭蓋骨内腔につながっています。眼窩の内容はほとんどが眼球ですが、それを動かす筋肉や神経、血管や脂肪組織なども眼窩内にあります。
眼窩を構成する骨の中で下方と内方の壁は薄く、特に下方の壁は薄い構造です。スポーツ時などに眼球に急激な外力がかかると眼窩内での圧が高まり、構造的に薄い下方や内方の壁が骨折してしまいます。結果的には眼球にかかる圧力を骨折によって減ずることができるので、眼球破裂という最悪の事態を避けることができていることになります。しかしながら、眼球が助かっても骨折し、そこに外眼筋がはさまりこんでしまうと、眼球の動きが制限されてしまいます。多くは一番薄い下方の壁が骨折するので、下直筋という筋肉がはさまりこんで動かなくなって運動障害が生じるために、眼球が上に向きにくくなります。このような時、上方を見るときに二重に見えてしまう複視という症状が出ます。また、(筋肉を含む)脂肪などの眼窩内容物が骨折部分から副鼻腔というスペースに脱出してしまうと、その分眼球がくぼんでしまう眼球陥凹という状態になり、整容的な問題が生じてしまいます。底が抜けるような形をとるので、このような骨折を「(眼窩)吹き抜け骨折」とも呼びます。眼窩底骨折はスポーツであればボクシングやレスリング、ラグビーなど強く接触する可能性のあるもの、ケンカや事故などでも生じます。
複視がある、明らかな眼球陥凹があるなどの場合は、比較的容易に診断がつきます。骨折の部位や程度を確認するためにはCTでの確認が必要です。両眼には同時に外傷を受けることは少ないので、多くの場合は受傷していない方の眼と比べると明らかになることがほとんどです。
骨折の範囲が狭い、整容的にも問題なく眼球運動障害もないもしくはほとんどない、という場合には手術もなしに(保存的にともいいます)経過を見ることもあります。何らかの症状がある場合には手術が必要です。その日のうちに、夜中でも行うべきであるという本当の意味での緊急性はありませんが、組織が強くはさまりこんでいたり長い間はさまってしまったりした場合、筋肉や神経が血行障害などで傷んでしまうと手術が成功しても最終的に後遺症が残ってしまうこともあるので、最近では比較的速やかに手術が行われる傾向にあります。手術は骨折した部位が非常に小さいときは、はさまりこんでいる組織を元に戻すだけでいい場合もありますが、多くは骨折した部分に他の部位から取ってきた薄い骨やシリコン製のプレートを当てて再建する手術が行われます。最近では下まぶたと眼球の間の結膜から切開し、手術後に痕が目立たない切開法で行われています。
さすがに最近はテレビで見ることもありませんが、プロレスもケガには十分注意して興業をしてほしいものです。