ヘルペス感染症と眼
院長 廣辻徳彦
「ヘルペス」という名前をどこかで耳にされたことがあると思います。眉毛から額に欠けて、あるいは肋骨に沿って発疹やかさぶたができて痛みが伴う「帯状疱疹」や、高熱が出た時に唇の周りにできる「熱のはな」もヘルペスウィルスによる病気です。眼科的には、「ヘルペス角膜炎」や「ぶどう膜炎」、「急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)」などという病気を引き起こすことがあります。ヘルペスウィルスの中で、ヒトに感染するものには「単純ヘルペスウィルス」、「水痘・帯状疱疹ウィルス」、「EBウィルス」、「サイトメガロウィルス」、「ロゼオロウィルス」、「カポジ肉腫関連ヘルペスウィルス」などのいくつか種類がありますが、今回は、一般にヘルペスとしてよく知られている「単純ヘルペスウィルス」と「水痘・帯状疱疹ウィルス」の紹介をします。
「単純ヘルペス」には、口唇や顔面に発症する1型と、性器周囲に発症する2型に分類されます。1型単純ヘルペスは多くは子供時代に感染します。95%ぐらいは症状が出ない「不顕性感染」という状態ですが、そのまま身体の中の神経節というところに潜伏感染します。1型ヘルペスが潜伏するのは三叉神経節や脊髄神経節が多く、口唇ヘルペスやヘルペス角膜炎、単純ヘルペス脳炎などを生じます。2型は性交渉などで感染し、仙随神経節に潜伏します。潜伏しているウィルスは、風邪をひいたり疲れがたまって免疫力が落ちたりすると、皮膚に水疱を生じるなどの症状で現れてきます。図1はいわゆる顔面のヘルペスです。口唇周囲や鼻のところに水疱が出ています。図2は「ヘルペス角膜炎」で見られる角膜潰瘍(かいよう)です。潰瘍は「樹枝状」と表現されますが、末端がやや膨らんでいる特徴的な形です。また、ウィルスに対する免疫反応から、角膜の内部(角膜実質)まで病気が及ぶことがあります。多くは虹彩炎やぶどう膜炎を伴い、角膜実質炎と呼ばれます。角膜炎の治療にはアシクロビル(ゾビラックス軟膏)、口唇ヘルペスにはビダラビン(アラセナ軟膏)、内服薬ではバラシクロビル(バルトレックス)等の抗ヘルペスウィルス剤が使われます。角膜実質炎にはステロイド剤も併用しますが、実質炎が長引くと角膜に混濁が残って視力が低下してしまうこともあります。最後まで医師の診察のもとでしっかりと治療を続ける必要があります。
水痘・帯状疱疹ウィルスは、「水ぼうそう」や「帯状疱疹」を引き起こします。「水ぼうそう」は1−4歳ぐらいをピークに、おおむね10歳ぐらいまでの子供に感染します。2週間ぐらいの潜伏期間を経て、発疹や水疱が生じ、だんだんかさぶたになって治っていきます。比較的軽症で済む場合が多いものですが、早期にアシクロビルやバラシクロビルなどで治療するのも有効です。ただ、感染したウィルスは体内に残るので、数十年後に体力が落ちたりストレスが多かったりした場合に「帯状疱疹」として症状を現すことがあります。帯状疱疹は三叉神経や肋間神経にそって現れるので、その部分に水疱、その後かさぶたが生じます(図3)。これらの神経は痛みを感じる神経なので、発症すると痛みが伴うことが多いといわれます。治療には抗ウィルス剤の内服、点滴や軟膏を使用します。帯状疱疹では、その後に「ヘルペス後神経痛」という痛みが残ることがあり、最近これによく効くという薬も出てきましたがまだ完全にコントロールできる訳ではないようです。発症部位によっては顔面神経麻痺、覚障害、内耳障害などの合併症を引き起こすもの(ラムゼイ‐ハント症候群)や、運動障害まで生じるものもあるので注意がいります。眼の周囲に水疱が生じたときには、結膜炎や虹彩炎が生じることもあるので眼科受診も必要になります。
ヘルペスウィルスは、他に「急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)」という病気の原因にもなります。急性にぶどう膜炎が生じ、血管の閉塞や網膜の萎縮、網膜剥離へと進行する病気で、抗ウィルス剤の投与がなければ1週間あまりで進行して失明してしまうこともあります。滅多にないとはいえ、ほとんどの人が身体に持っているウィルスが原因になる病気なので覚えておきたいものです。