眼科のウイルス感染症
院長 廣辻徳彦
マンスリーもコロナウイルス関連の話題ばかりでしたが、コロナウイルスに限らずいろいろなウイルスが眼に病気を引き起こします。いくつかはこれまでも紹介してきましたが、今回は総論的にまとめてみます。
眼瞼(まぶた)の病気では、ヘルペスウイルスが有名です。単純ヘルペスウィルスと水痘・帯状ヘルペスウィルスによるものが挙げられます。どちらも小児期に感染して三叉神経節という神経のところに潜伏していますが、眼瞼炎というまぶたの皮膚の炎症を起こします。まぶたの縁のところで中心に小さな窪みを持つ皮疹がいくつかできるのが特徴です。眼軟膏や症状が強い時には内服薬を用いて治療しますが、再発することも少なくありません。
結膜で生じるウイルスによる代表疾患は結膜炎です。ウイルス性結膜炎は感染の可能性を持ちますが、特に感染力の強い流行性角結膜炎、咽頭結膜熱、急性出血性結膜炎の3種類が「はやり目」と呼ばれています。流行性角結膜炎と咽頭結膜熱がアデノウイルス(前者は8、19、37型など、後者は3、4、7型)によるもので、急性出血性結膜炎はエンテロウイルスやコクサッキーウイルスが原因です。アデノウイルスは潜伏期間が1週間-10日ぐらいですが、エンテロウイルスは1-2日なので感染者との接触後早くに症状が出てきます。コロナウイルスなどいわゆる風邪を引き起こすウイルスやヘルペスウイルスでも結膜炎を起こすことがあります。予防で大切なのはもちろん手洗いで、洗面所のタオルなどは家族と分けて使う必要があります。
角膜でもヘルペスウイルスが悪さをします。単純ヘルペスウイルスと水痘・帯状ヘルペスウイルスの両方が病気を引き起こします。単純ヘルペスウイルスの角膜炎は上皮型と実質型に分けられます。上皮型は小児期に感染したウイルスがストレス、発熱などを引き金にして生じ、樹枝状潰瘍と(下図左:緑色で染まっているのが樹枝状潰瘍)いう特徴的な所見を示します。実質型はウイルスの感染と感染した細胞に出てくるウイルス抗原に対する免疫反応で、角膜の内部の実質というところが濁ってしまう所見を示します。繰り返すと透明なはずの角膜がだんだん混濁して周囲から血管が侵入し、視力が回復しないこともあります。角膜や結膜の炎症によって、強膜(眼球の白目に当たるところ)にも炎症が生じる強膜炎や上強膜炎という病気が起こることもあります。
角膜と強膜は眼球の一番外側を守る膜で、その内側にぶどう膜(虹彩、毛様体、脈絡膜)があります。脈絡膜の内側には網膜が接しているので、ぶどう膜と網膜に生じる感染性の疾患は厳密にどちらかだけに起こるだけですみません。網膜炎、脈絡膜炎、毛様体炎と虹彩炎の症状を大なり小なり併せ持つ形で現れます。ウイルス疾患で、しかもかなり重篤な病気に急性網膜壊死(昔、日本では桐沢型ぶどう膜炎と呼ばれていました)というものがあります。この病気も単純ヘルペスウイルスと水痘・帯状ヘルペスウイルスによって生じます。ウイルスが眼内感染を起こして健康な人に突然発症し、急激に虹彩炎やぶどう膜炎が生じ、網膜血管の閉塞や滲出斑が生じ、網膜壊死から網膜剥離にいたるものです(下図右)。私も初診で見たことがない病気ですが、数週間から数カ月で失明することがあり、この病気を疑えば早期に抗ウイルス剤で治療を開始し、手術までする必要もあります。他に、エイズ(後天性免疫不全症候群)、白血病や悪性リンパ腫などの血液疾患、抗がん剤や臓器移植後の免疫抑制剤の治療中に、免疫力が下がったために生じるサイトメガロウィルス網膜炎というものがあり、これも失明の原因にもなり得ます。このウイルスはもともと感染力の低いウイルスで、胎児の間の先天感染以外は感染しても多くの場合は強い症状が出ないままで経過します。日本人の50%以上はこの抗体を持っているそうです。しかし、何かの原因で免疫力が下がった時に肺炎や脳炎、網膜炎などの症状を引き起こすという「日和見感染」の代表的ウイルスです。
他にもヘルペスウイルスは顔面神経麻痺の原因(ラムゼイ、ハント症候群)にもなります。顔面神経麻痺のため閉瞼ができなくなると、角膜が乾燥することもあります。改めて見直すと、ヘルペスウイルスは目の敵といってもいいウイルスかもしれません。