犬の眼と犬に関連する病気
院長 廣辻徳彦
あけましておめでとうございます。平成30年の始まりです。今年の干支は「戌(イヌ・犬)」、元気で駆け回れるような1年であってほしいと思います。酉年の昨年には「鳥目」についての話を書きました。犬と関係のある目の病気は一度マンスリーNo.72「動物に由来する感染症」で少しご紹介しましたが、せっかくの干支なので今回は犬の眼についてと犬に関連する病気について調べてみました。
犬 は哺乳類ですので、基本的な眼の構造は人と似ています。大きく違うところは、「瞬膜」という膜が目頭付近にあることです。この膜は、異物などをワイパーのように目尻に掃除するような働きを持ちます(犬よりも猫やウサギでよくわかるそうです)。もう一つ、人にはない輝板(タペタム層)という構造物が網膜と脈絡膜血管板の間にあることです。人は網膜を通過した光を網膜色素上皮というところで吸収して感じますが、食肉類や原猿類では「細胞性輝板」、有蹄類やクジラ類では「線維性輝板」で網膜の光の反応を高めるのです。人や犬を含むどの動物も「全くの暗闇」では何も見えませんが、輝板を持っている動物はわずかな月明かりだけでも物が見えます。フラッシュ撮影で人の目では「赤目(下図1)」になりますが、輝板を持つ動物では瞳が輝いて写ります(下図2:自宅に現れたアライグマ)。なお、人でこのように白く反射する現象が出るのは、網膜芽細胞腫など特殊な場合です。
犬の視力はどれくらいなのでしょう。人の場合、よい目は「正視」という状態で、網膜より近くにピントが合うと「近視」、網膜より後ろにピントが合うと「遠視」と分類されます。アメリカの大学での研究では、多くの犬は正視ですが、犬種によって近視傾向、遠視傾向になっているということでした。視力は人より劣り、0.3程度らしいのですが、動くものに対しては離れていてもとてもよい感度を持つそうです。色の識別能力も人のように3色型の色覚ではなく、2色型の色覚に近く、特に赤に対する感受性が低いとされています(下図3)。視野は人では最大180度程度ですが、犬は人よりも両目が外側に位置しているので、220−270度ぐらいの広さを持ち、中央の両眼視できる部分が少ない代わりに周辺部のものまで見渡せます。動体視力と視野の広さ以外では人に劣っているとも言える犬の視覚ですが、嗅覚は1000〜1億倍であり、聴覚は人が20〜20000ヘルツの可聴域であるのに対して40〜65000ヘルツ(ピアノの最高音の鍵盤にさらに48個分の鍵盤を足したぐらいの高音=4オクターブ分)の範囲を聞くことができ、さらに数倍の感度を持つといいます。犬は優れた嗅覚と聴覚とで、ある意味で人に負けている部分のある視覚を補って(というよりさらに敏感な)日常を過ごしているのです。
さて、特に犬に関連する感染症と言えば「狂犬病」と「犬回虫症」とを考える必要があります。狂犬病は、狂犬病ウィルスを病原体とする人畜共通感染症です。狂犬病に感染しても1カ月~3カ月の潜伏期間には自覚症状はありません。風邪症状、発熱などで発症し、強い不安感や興奮、麻痺、痙攣などの症状があらわれます。特に嚥下や発語、呼吸に関連した脳の領域が侵されるので、水分を飲もうとすると喉の筋肉が痙攣し激しい痛みがあり、水を飲むのを嫌がるようになるため「恐水症」などとも呼ばれます。進行すると麻痺や痙攣が全身におよび、発症からおよそ10日間でほぼ100%が死に至ります。現在、日本での発生はありませんが、周辺国ではいまだに発生しています。犬、キツネ、コウモリなどに咬まれた場合には注意が必要です。「犬回虫症」は犬や猫に寄生する回虫が何らかの形で人に感染して生じます(多くは糞便を経由)。レバーや肉の生食で感染することもあります。肺や脳に回虫が移行して症状を起こしたり、眼に移行してぶどう膜炎や網膜剥離の原因になったりすることもある(下図4:Tian J, O’Hagan S氏の論文より引用)ので、ペットには抗線虫薬を投与して予防する必要があります。
左から、図1、図2、図3:上が正常の色覚、下が赤の感度が悪い犬の色覚、図4:矢印のところが病巣思い通りにいかないことも多いところではありますが、今年も健康で過ごしたいものです。