角膜上皮の病気と治療(その1)
院長 廣辻徳彦
昨年の12月26日に、大阪大学の西田教授をはじめとする研究グループによる「ヒトiPS細胞由来の角膜細胞による角膜移植の臨床治療計画」が、学内の審査委員会に承認されたというニュースが流れました.厚労省の承認を得て、来年度の5、6月に初めての症例に移植を実施する予定であるという内容です。いよいよ角膜にもiPS細胞由来の移植治療が始まろうとしています。調べてみると、約3年前の平成28年に、同じ西田教授のグループがヒトiPS細胞から眼球全体の発生を再現させる培養モデルの作成に成功し、その中の角膜上皮前駆細胞を用いてヒトの角膜上皮と同じような構造を持つ角膜上皮組織を作成して治療効果を確認したというニュースも見つかりました。昨年5月のマンスリー(No.120)での角膜内皮治療のことを書いた時にも感じましたが、長年研究を続けることはとても大変で、素晴らしいことかと思います。今回は角膜上皮の治療について書いてみます。
角膜は眼球の一番手前にあり、いわゆる黒目の一部です。直径は約11mmで中心部の厚みは約0.5-0.55mm(500-550μm)で、水晶体とともにレンズとして働き、網膜にピントを合わせる役割を果たしています。一番外側には角膜上皮、内側に角膜内皮があります(下図参照)。角膜上皮は表面が涙に覆われてとても滑らかになっているので光をきれいに屈折することができ、新陳代謝も活発で常に新しい細胞に置き換わっています。新しい角膜上皮細胞を作るのは角膜上皮の幹細胞という細胞なのですが、この細胞は角膜の周囲、いわゆる黒目と白目の境目のところに存在しています。また、眼はとても大事な部分なので目に物が入りそうになって何かがまつ毛に触れると、意識しなくても目を閉じるようにして眼を守ります。角膜自体も非常に敏感な知覚を持っていて、少しでもキズがつくような痛みを感じると、瞬間に眼を閉じてかつ涙を出して眼を守るように働きます。
小さなゴミが目に入った時や逆まつ毛がこすった時に角膜上皮にキズがつきます。角膜上皮は再生力が強いので、異物を除去するとかまつ毛を抜くなどでその原因を取り除けば、多くは短期間で治ってくれます。このような場合は、キズからの感染を防ぐ抗菌剤や角膜保護剤の点眼を使います。異物の種類としては、庭仕事などしていて入る木くずや小さなタネの殻、虫や虫の毛、他に鉄粉や洗顔用のスクラブなど様々なものがあり、抜けたまつ毛が瞼の分泌腺の穴に入り込んでこする場合もよくあります。外から入る異物ではなく、瞼の裏側にできる分泌物のかたまり(結膜結石と言います)が原因でキズがつく場合にも、それを除去する必要があります。物理的な原因でも小さな異物ではなく、爪や何かで目の表面を引っ掻くなどでキズが大きく深くなるほどに、治りにくいのはもちろん、痛みもそれに応じて強くなります。その場合は点眼だけでなく、眼軟膏を点入して眼帯を使ったり、治療としてソフトコンタクトレンズを連続装用したりして治療します。
角膜に細菌やウィルスなどの病原体によって感染が起こった時にも、「潰瘍」という形でキズがつきます。原因となる病原体によって抗菌剤や抗ウィルス剤を用いた治療を行います。点眼だけで治らない場合には、内服や点滴などが必要になることもあります。細菌による角膜潰瘍の中でも、瞼や結膜に慢性感染している細菌やその毒素にアレルギー的な反応を起こす「カタル性角膜潰瘍」と言われるものは、アレルギーを抑えるステロイド薬や抗菌剤の点眼で比較的問題なく治癒します。しかし、若年者でも不適切なコンタクトレンズ装用をしている場合要注意なのですが、抵抗力の弱くなった高齢者などに起こる重症の細菌性角膜潰瘍は、程度が強いと角膜上皮だけでなく実質にまで病気が及び、病原体を退治しても角膜が透明にならず濁ったまま(角膜混濁)になってしまうこともあります。最悪の場合は角膜穿孔(穴が開いてしまう)が起こることすらあるので、十分な治療が必要です。(続く)