眼の健康とコンタクトレンズの専門医 医療社団法人 広辻眼科

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広辻眼科マンスリー 第m15

投稿日 2007年5月1日

昭和の日

理事長 廣辻逸郎

4月29日が今年から『昭和の日』という祝日になりました。
昭和の初めから育った私達世代は、平成生まれが早や大学生ということはとても驚きです。
絶好の天気に恵まれて、末広公園の植木市に行きました。私宅の野上から中州を通る住宅地や街路樹は丁度紅白のハナミズキも見ごろですし、どのおうちの庭にも草花が美しく飾られ閑静でした。
会場は沢山の人出で賑わい、歌声が響き、大きな植木から小さな花まで並べられてお客が品定めしていました。
戦後60年平和である事が当たり前で、戦争を知らない世代が定年退職して新しい世代到来です。次は何世代と呼ぶのでしょう。
コレラ・天然痘を初めとする法定伝染病の言葉すら忘れられる有難い世の中です。逆にメタボリックシンドロームが話題になっています。現在大多数の日本人は飢餓・貧乏という言葉を知らずに大きくなり、労せずして好きなものが手に入る幸せを当たり前として生活しております。テレビの大半の時間が食べる事と馬鹿な芸人達の駄洒落に一諸に笑い転げています。時代劇の内容も似たようなものですが、私は親子師弟の言葉の厳しさ、礼儀の正しさが魅力でよく見ます。
食事情の改善。住宅環境の改良(下水道の完備等)。医療設備・薬品の開発・保険制度の充実等によって日本人の寿命は世界一になっております。消化不良や急性伝染病で幼児を亡くし、結核や戦争で若者を失った戦前に比較して現平成の御世は何と素晴らしい時代でしょう。
ただ大きな不安があります。少子高齢化といって子どもへの対策に予算を組まれていますが、老人に対しては、国はどんどんと予算を減らしています。療養型病棟を減らし、自宅療養に切り替えようと進めています。薬品は後発の安価なものへ、癌治療を含む新薬や新しい検査器具は自費診療で済まそうとされています。MRIも小泉政権がもう少し早ければ保険の対象になってなかったでしょう。規制緩和の名の許にアメリカ資本の保険会社が個人保険の参入に日本をあなたを狙っています。

健康とは!

先日お昼のNHKの番組で美容と服飾の君島十和子さんが出演されていました。ご覧になった方もおられましょうが、とてもおきれいですし、話し上手で聞き入ってしまいました。仕事柄とはいえ、きれいになるにはそれだけの努力をされている事を改めて実感しました。
『体は人生の入れ物ですから』といっておられました。美容の話ですが健康にも他の何にも共通する事と思います。
毎日の生活習慣、環境、仕事等全てが体に表れてきます。ずいぶん昔親に「50になったら顔に人格が出るよ」と教えられましたが正にそのとうりで、職業も顔に出てくると私は思います。
君島さんは更に次ぎの三項目を指摘されました。
1 諦めない  2 飽きない  3 侮らない
前述したとおり、この3項は美容だけでなく、健康にもそのまま通用するようです。誰も病気なんかしたくない、健康でありたいと願っています。しかし、体質や、遺伝的要素もあって、闘病を強いられる事があります。目に見えない痛みや不安。連日のリハビリや食事の制限に耐えて病気を克服することの辛さは並大抵ではないと思いますが、諦めず飽きずそして病気を侮らずに健康回復に頑張ってください。

眼科診療 いま むかし

眼科のことを『銀海』とも言います。なぜ銀海というのか定説はなさそうですが、戦前はトラコーマの患者さんが多くて、洗眼をよくしておりました。その洗眼時に硝酸銀という薬品を希釈して使用しており、その薬品の銀成分が永年の間に眼科医の手指に沈着して、特に左手人指し指の爪の先端がうす黒くなっていました。指先の黒いのが眼科医のステーサスでした。勿論今では硝酸銀どころか洗眼自体しなくなってこのような事も無くなりました。
昭和の初め頃、大学病院では教授はフロックコートを着て診察をしていたと聞きました。それ程でなくても、医師は三つ揃えで勿論ネクタイを締めて重々しい感じです。患者もそれなりの服装をして受診しておりました。医院の門をくぐる。診察を受ける事自体大変だったようです。戦後は食べることすら事欠きましたから、服装どころで無くなりました。昭和20年後半まだ衣服もままなりませんでした。暑くなると当時のS教授は病院に来るとランニングとステテコになって白衣を着て診察しておりました。私の記憶では扇風機がどの家庭にも行き渡ったのは30年後半です。
日本が復興すると共に服装も良くなって来ました。そして若い年齢層からどんどんお洒落な服装になってきました。保険診療の普及もあって、気軽に病院の門をくぐる様になっております。当然型苦しい服装は医師も患者もしなくなりました。ただ突っかけにトレパンは銭湯かコンビニに限って欲しいと思います。
診察法も随分と変わりました。最初に書いたとおり、洗眼が無くなって、暗室検査が主になりました。
暗室には暗室灯があって、先ず医師はライトを患者の斜め前からルーペで光を当てて前眼部を診ます。斜照法といい、次に患者の眼に凹面鏡で暗室灯の光を入れて眼球内を診ます。是を徹照法と言います。或いは直像鏡で観察しました。記録は手書きです。戦前刊行された眼底図譜という眼科医が重宝した参考書は、東大で医師の指導で絵師が眼底を見ながら手書きしたと聞きます。
現在は暗室灯がなくなって、前眼部は細隙灯で、眼底も細隙灯と強力な倒像鏡で診察し、記録もデジカメで収録される世になりました。最近新しい検査器械でOCTという光干渉計走査型共焦点健眼鏡が発売され、網膜が詳細に観察されて診断がより正確にされるようになりました。(但しまだ保険使用不可です)。その他次々と精密検査機器・手術機器が出ております。
戦前や戦後直後の不潔で栄養の悪い時代のトラコーマや角膜潰瘍、性病に起因する眼疾患は殆ど診なくなりましたが、糖尿病・花粉症やストレス・加令による疾患は増えております。
白内障は手術手技の向上によって日帰りでエステ感覚でレンズを取り替えて視力が回復しますし、糖尿病による失明も押さえられています。
眼科治療の目的はいうまでもなく視力の維持回復と社会生活に復帰することです。長寿と共に避けられぬ視力の低下を改善予防するために費用が掛かる事は当然です。眼科に限りません。
昨今厚生労働省は医療費の削減に次々と施策を実行しております。
先年一般病床を減らして療養ベットに移行せよと指導していたのが、今度は療養ベットを削減して自宅療養をと進めています。ヘルパーの不足は目に見えています。誰が老人看護をするのでしょう。
老人は早く死ねと言うのでしょうか。
医学・科学の発達によって高度な治療が可能になれば当然医療費も増大します。安価で高度な確実な治療を望む事は文明人としては当然です。無駄はあってはなりませんが安心して老後を送れることを望んで止みません。

今月は先人があたかも素手でルーペ一つで眼疾患を観察治療してきた努力の結晶の賜物が今日に 続いている事を記述しました。