眼の健康とコンタクトレンズの専門医 医療法人社団 広辻眼科

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眼の病気 No.e54

投稿日 2012年8月1日

網膜の再生医療 その2

院長 廣辻徳彦

神戸の理化学研究所の研究チームが、「ヒトES細胞から網膜組織の形成に成功」したことを、前回紹介しました。網膜に病気のある人に、将来有効な治療となる可能性のある研究です。組織を再生できる細胞には、ES細胞とiPs細胞があります。おさらいですが、「ES(Embryonic stem cell)細胞=胚性幹細胞」という細胞の特徴は、ヒトの受精卵から作られる、胎盤以外の様々な細胞(皮膚、血液などすべて)に分化できる「多様性」を持つことです。しかし、作られる組織は他の人には拒絶反応が生じる、宗教的や倫理的問題を含むという問題もあります。
では、iPS細胞とはどのようなものでしょう。iPS細胞は、正確にはInduced pluripotent stem cells=人工多能性幹細胞といいます。身体の中には、いろいろな器官を構成する体細胞と、分裂してそれぞれの体細胞を作る幹細胞(幹細胞の大もとが胚細胞)とがあります。体細胞には細胞分裂をする能力がありません。しかし、体細胞に特殊な方法でいくつかの遺伝子を組み込む(導入する)と、ES細胞のように非常に多くの細胞に分化できる分化万能性(pluripotency)と、分裂増殖を経てもそれを維持できる自己複製能を持たせた細胞ができます(図1)。これがiPS細胞なのです。マウスの皮膚細胞(線維芽細胞)から世界で初めてiPS細胞を作ったのは、2006年、京都大学の山中先生の研究チームです。2007年には、ヒト由来の線維芽細胞からヒトiPS細胞の樹立に成功しています。
iPS細胞がES細胞に比べて有利なところは、受精卵を利用せず体細胞から作られるので、倫理的、宗教的問題が少ないことや、患者さん自身の細胞から作ることができるので、iPS細胞から分化した細胞(組織)を移植しても拒絶反応が起きないことなどです。また、新しく組織や臓器が作られるとすれば、それを利用して病気の原因を解明したり、薬剤の開発や効果を評価したりできる可能性も期待されます(図2)。もちろん、問題点もあります。iPS細胞を作る際にいくつかの遺伝子を導入しますが、当初はその中に「発癌」に関連するものが含まれていました。その方法で作られたマウスのiPS細胞の胚から生まれたキメラマウスで、発癌の比率が高かった(今では、その遺伝子を使わずにiPS細胞を作る技術が研究され、実現しつつあります)ということなどです。

洗眼

洗眼

ここまでくれば、病気になった組織や臓器をiPS細胞で作り、移植するのも遠い未来のことではないような気がします。しかし現実はそう簡単ではありません。お母さんのおなかの中で、たった一つの受精卵が細胞分裂し、たくさんの組織を持つ赤ちゃんが誕生する仕組みは、わからないことだらけなのです。iPS細胞から心臓の心筋細胞は作れるようにはなりましたが、心臓という臓器を作れるわけではありません。高度な機能や構造を持つ組織や臓器を作るレベルには、まだまだ到達できていないのが現状です。
冒頭でも述べた、「ヒトES細胞から網膜組織の形成に成功」という研究成果の持つ意味を考えてみましょう。この研究では、特殊な培養液中で約9,000個のヒトES細胞に、いろいろな増殖因子を作用させ、「眼杯」という網膜のもととなる組織を作ることに成功したのです。その中から一部分を切り出してさらに分化した網膜の組織を形成し、その細胞組織を凍結保存することまで成功しています。ヒトの網膜組織が再生できる可能性が示されたわけですから、大きな研究成果と言えます。将来、研究がさらに発展し、必要に応じて網膜変性などの病気の人に移植できるようになれば画期的なことです。もちろん移植の方法など、実現にはもっと高い山がいくつもある道のりには違いありません。ですが、実際に神戸の先端医療センターでは「加齢黄斑変性に対する自家iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植に関する臨床研究」が2013年度に始まる予定です。研究の成果が挙がり、網膜色素変性症や他の病気についても視力の回復が望まれるようになってほしいものです。
(図は京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から引用、解説は理化学研究所のサイトを参考にしました。)