眼の健康とコンタクトレンズの専門医 医療法人社団 広辻眼科

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眼の病気 No.e53

投稿日 2012年7月1日

網膜の再生医療 その1

院長 廣辻徳彦

この6月14日、科学雑誌Cell Stem Cellに神戸の理化学研究所の研究グループが、「ヒトES細胞から網膜組織の形成に成功」したという成果を発表しました。4年前の平成20年2月には、同じ研究所の別のグループが、「ヒトES細胞から既知の因子のみを用いた網膜視細胞、網膜色素上皮細胞への分化誘導に成功」という成果を発表しています。「ES細胞」とか「iPS細胞」とはどういった細胞で、どのような病気に応用が期待されているのでしょう。
「ES(Embryonic stem cell)細胞=胚性幹細胞」とは、受精後1週間前後の「胚(はい)」から取り出されて作られた「幹細胞」のことです。成体に存在するすべての細胞へと分化できる多能性を維持したまま、ほぼ無限に増殖が可能な細胞です。1981年にマウスで、1998年にはヒトで確立されました。
ここで、「胚」だの「幹細胞」だの、わかりにくい単語が出てきましたね。まずこれらの言葉から考えましょう。
「胚」:生物は卵子と精子が受精して生まれます。この受精卵は、初めはたった一つの細胞です。この受精卵が卵割(=細胞分裂)を繰り返し、いろいろな器官が作られて成長し胎児となります。卵割が始まってからまだ器官などができてくる手前、「これからいろいろな細胞に変わる」細胞のかたまりの状態を「胚」と言います。
「幹細胞」:身体の中には「幹細胞」と「体細胞」という2種類があります。皮膚、血管、網膜など身体を構成する細胞のほとんどは、細胞分裂をする能力がありません。これらの細胞を「体細胞」と言います。それではケガのあとに新しく皮膚ができたり血管ができたりするのは何故でしょう。新しい細胞を作るのは、それぞれの器官ごとに細胞分裂してくれる専門の細胞で、それを「幹細胞」というのです。「幹細胞」は分裂して特定の体細胞を作ることのできる細胞というわけです。血液を作るのは骨髄にある造血幹細胞、皮膚を作るのは皮膚幹細胞、他にも肝臓を作る肝幹細胞、神経幹細胞というように、いろいろな「幹細胞」が身体の組織中にあります。しかしながら、造血幹細胞は皮膚を作れませんし、神経幹細胞が肝臓を作ることもできません。
 さて、先ほど「胚」は、「これからいろいろな細胞に変わる」細胞のかたまりであると書きました。「胚」にある細胞はすべての細胞に変わることのできる性質を持っています。血液にも神経にも角膜にもなれる、すべての細胞の幹細胞としての働きを持つのが「胚」にある細胞であり、これこそが「ES細胞=胚性幹細胞」なのです。

洗眼

しかし、厳密には、「胚」の細胞すべてがES細胞というわけではありません。ES細胞とは、ある時期の「胚」から一部分(内部細胞塊)を取り出して培養して作られるものなのです。
その作り方はというと、
1 受精卵を用意します。
2 受精卵を育てます。もともと受精卵は1個の細胞ですが、右図のように分裂(卵割)を繰り返して増殖していきます。
3 胚がある程度まで育った時点(約1週間前後)で、内部にある
内部細胞塊(Inner cell mass:ICM)を取り出します。
 まず、作り方1に受精卵を手に入れますと書きましたが、特に「ヒト」の受精卵を扱う場合には倫理的な問題が生じます。受精卵はそのまま育てば「ヒト」、すなわち「新生児」に育つものだからです。日本では、体外受精による不妊治療において母体に戻されなかった凍結保存されている胚のうち、破棄されることが決定した余剰胚の利用に限って、ヒトES細胞の作成が認められています。生命についての宗教観も関与しますので、国によって基準も異なっているようです。なお、ES細胞は成体組織にあるすべての細胞に分化できるので、ほとんど「万能」なのですが、胎児が育つのに必要な「胎盤」組織を作ることはできません。ですから、上にも書いたように「多能性」を持つというように表現されます。また、ES細胞から再生された組織は、別の人にとっては赤の他人の組織なので、そのままでは移植できません。その問題もふまえて、次回はiPS細胞について解説したいと思います。
(図は文科省iPS細胞等研究ネットワークから引用し、解説は理化学研究所やHatenaサイトを参考にしました。)