妊娠・授乳と薬剤(点眼剤)について-その1-
院長 廣辻徳彦
医師が薬を処方する際、あるいは薬局で薬を引き渡す際に、妊娠・授乳の有無を確認することがあります。これは薬剤が発育過程の胎児や授乳中の乳児に影響を与える可能性を考えるからです。すべての薬剤(市販の薬でも)には「添付文書」というものがありものがあり、その薬剤の「組成・性状」「効能・効果」、「用法・用量」、「使用上の注意」などが記載されています。この添付文書のすべてとは言いませんが、ほとんどといっていいぐらいに以下のような、もしくはそれに類似した記載があります。
妊婦、産婦、授乳婦等への投与
妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与する。(妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。動物実験では器官形成期投与試験において、臨床用量の約◯倍量を静脈内投与したことにより、流産及び後期吸収胚の発現率増加、胎児体重の減少が認められた。)
授乳婦
授乳中の婦人に投与することを避け、やむを得ず投与する場合には授乳を中止させること。(動物実験で乳汁中へ移行することが報告されている。)
小児等への投与
小児等に対する安全性は確立していない(低出生体重児、新生児、乳児、小児には使用経験がない(少ない))。
薬の開発過程では、実験室レベルでの検証ののち、動物実験で安全性を確認する、正常の人で使用して問題がないかどうかを確かめる、適切な用量を決める、実際の治療効果を確認するといった一連の治験が行われます。動物実験では、妊娠中や授乳中の動物も利用してその薬剤の効果や危険性を実証します。その結果を踏まえて、人での治験を行うわけです。しかし、妊娠中の女性や乳児に対する治験は倫理上できません(動物実験についての倫理上の問題はここでは議論しません)。そこで、ほぼすべての添付文書で、上記の様な記載になってしまうわけです。添付文書に「(原則)禁忌」、「授乳の中止が望ましい」といった記載があれば、そのまま読むとほとんどの薬剤は使用できなくなります。それでは、妊娠中や授乳中の女性は、病気の時にどうすればよいのでしょうか。
いわゆる「妊娠中」という状態でも、その時期によってリスクは大きく異なります。女性の皆さんはご存知でしょうが、妊娠中は「◯週◯日」という数え方をします。妊娠「0週0日」は最終月経の開始日を指します。生理の周期を28日として計算すれば、月経開始日から数えて、排卵と受精成立が起こるのは約2週間後、すなわち「2週0日」頃となります。受精卵が細胞分裂しながら卵管を通って子宮に着床して妊娠が成立するのが「3週目(=約20−27日)」ぐらいで、それ以後になってから受精卵は子宮を通じて母体の影響を受けるようになります。そこで、妊娠期間中の薬剤に対してのリスクは以下のように分類されています。
無影響期 | 絶対過敏期 | 相対過敏期 | 比較過敏期 | 潜在過敏期 |
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0~27日目 | 28~50日目 | 51~84日目 | 85~112日目 | 113日~出産日まで |
絶対過敏期に受精卵が子宮内で胎嚢を形作り、心拍が始まり臓器や神経、脳、目や耳、指などが形作られていきます(この頃を胎芽と呼びます)。薬剤の影響を最も強く受けるのがこの時期で、次いで3、4、5の順に影響を受けます(薬剤だけでなく、喫煙、飲酒、種々のストレス、風疹などのウィルス感染、X線なども影響を与える因子です)。このように、妊娠中の胎芽・胎児に対しては、細胞分裂が活発に起こる初期のうちほど薬剤の影響が強いということができます。生まれた後の乳児は一応完成した臓器を持っていますので、細胞レベルから成長していく胎芽・胎児の時期よりも薬剤の影響は少ないと言えます。しかしながら、生まれてからでも脳や身体は、時期が早いほど発達や成長の度合いが大きいので、小さい時期(=乳児の時期)ほど薬剤を含めた外的要因の影響を受けることになります。すなわち、授乳中の乳児への薬剤の影響は、必ず考慮されなければならないものなのです。
妊娠・授乳中の薬剤使用については、FDA(アメリカ食品医薬品局)のFDA薬剤胎児危険度分類基準、オーストラリア医薬品評価委員会・先天性異常部会によるオーストラリア基準、虎ノ門病院の基準、国立成育医療センターの見解、米国小児科学会の基準、といういろいろな見解が出ています。次回はそれらを参考にしてまとめられている、薬剤使用について考え方をご紹介します。