5月と五月雨
院長 廣辻徳彦
「新緑が美しい」と言われる5月は爽やかな季節ですが、雨と農の営みとが結びつく時期でもあります。5月の雨と書いて「五月雨(さみだれ)」と言います。現代の感覚では梅雨は6月という印象ですが、旧暦では5月こそが梅雨の時期にあたり、しとしとと降り続く雨を指して「五月雨」と呼んでいました。この雨の季節と深く関わるのが田植えです。水田に苗を植える作業は、十分な水を必要とするため、梅雨の時期は重要な節目でした。近年は機械化や品種改良や温暖化で時期が変化している地域もありますが、自然と向き合いながら営まれてきたリズムは、長くこの時期に刻まれてきました。
もともと、「さ」という言葉は「田の神」を示すものだったようです。「さみだれ(五月雨)」は、「さ=田の神」に、「み=みず」と「たれ=垂れ(雨が降ること)」という成り立ちで、「さくら(桜)」は、「さ」に「くら=神座」で田の神が山から降りてきて宿る木、「さつき(皐月、五月)」は、「さ」の「つき」で田植えの月、「さなえ(早苗)」は、「さ」の「なえ(苗)」で田の神に捧げる苗(稲)という意味を持ちます。田植えにまつわる文化として、「さおとめ(早乙女、五月女)」のという言葉もあります。田植えが「田の神様に仕える神聖な儀式」であった頃、物忌みをして身を清めた女性たちが苗を植えたという伝統からきています。その姿は単なる労働ではなく、豊穣を祈る意味を持つものでした。整った所作や装いには、自然への祈りとともに季節を受け継ぐ意識が込められていたのでしょう。さらに、立春から数えて八十八日目にあたる「八十八夜」は、霜の心配が少なくなる頃とされ、農作業の目安とされてきました。茶摘みの時期として知られ、新茶は初夏の訪れを感じさせる味覚でもあります。「八十八」という字は組み合わせると「米」になることから「米寿」という言葉にも使われ、豊作の縁起とも結びついています。
このように、5月という季節は、爽やかな風の印象がありながら、雨とともに農の営みが動き出す重要な節目だったことがわかります。現代の暮らしの中では意識する機会は少ないかもしれませんが、言葉や行事の中には、自然とともに生きてきた時間の蓄積が息づいています。晴れやかな青空の日にも、ふとした雨の気配の中にも、かつての季節の感覚は重なっています。そのような5月の姿に思いを巡らせてみるのも、この時期の味わい方ではないかと思います。
健康とは!(はしか・麻疹の流行)
最近、今年の「はしか」の感染者数が、過去10年で一番多かった2019年に次いで増加傾向にあるというニュースが流れていました。「はしか」は正式には「麻疹」と呼ばれるウイルス感染症で、現在でも世界各地で流行が見られ、日本でも海外からの持ち込みなどで散発的な流行は続いています。麻疹の最大の特徴は、その極めて強い感染力です。感染力は、基本再生産数(Basic Reproduction Number)を意味する「R0(アールゼロ)」で表されます。「免疫力が全くない集団の中に1人の感染者がいたときに、平均して何人に感染させるか」という指標です。麻疹はR0が12-18とされ、インフルエンザの1-3程度や、新型コロナウイルス感染症の2-3と比較して突出しています。麻疹に匹敵するのは百日咳で12-17、他に水ぼうそう(水痘)は10-12、風疹は5-7とされています。空気感染を起こすため、室内や電車内など同じ空間にいるだけで感染する可能性があり、免疫を持たない集団では急速に拡大します。
症状は発熱や咳、鼻水、結膜充血といった風邪様症状に始まり、全身に発疹が出現します。多くは後遺症もなく回復しますが、肺炎や脳炎などの重い合併症を引き起こすことがあり、乳幼児や高齢者では命に関わる場合もあります。また、回復後数年を経て神経障害を生じる亜急性硬化性全脳炎(SSPE)といった遅発性合併症も知られています。
現在日本では、「MR(麻疹+風疹)ワクチン」を1歳と就学前の2回接種し、高い予防効果を得ています。1回接種ではワクチンの効果が十分に引き出せないのですが、それが主流だった時代の免疫が不十分な方(現在30代後半から50代前半の方)に感染することが多い傾向です。また、日本では1980年代後半から90年代前半にかけ、「MMR(おたふく風邪+麻疹+風疹)ワクチン」で副反応(無菌性髄膜炎)が生じたため、MMRワクチン接種が中止された経緯があります。その結果、日本ではMRワクチンのみが定期接種となりました。海外ではMMRワクチンを2回接種する方法が一般的であり、今後日本でもMMRの再導入が検討されています。副反応の問題は単なる制度変更にとどまらず、 他のワクチンに対する不信感(接種控えなど)にも一定の影響を与えたと考えられています。麻疹は強い感染力と重篤な合併症の可能性を持つ感染症ですが、ワクチンで予防できる病気なのです。自らがワクチン接種歴を確認し、不明な場合には医療機関で相談することが、自身の健康だけでなく社会全体の安心にもつながると考えます。





