角膜上皮の病気と治療(その2)
院長 廣辻徳彦
2月も終わる頃になって、今年も花粉症の季節が始まりました。やはり花粉が飛び出すのは冬の気温が関係するようで、2月の気温が低かった昨年は3月になってから、比較的暖かかった今年は3月の訪れを待たずに痒みを引き起こしているようです。以前にも書きましたが、最近の抗アレルギー薬は内服、点鼻薬、点眼薬のいずれでも、花粉が飛び出す前から使用しておくと、発症時のつらい症状を抑えてくれます。毎年花粉に悩まされるという方は、天気予報でそろそろ花粉が飛ぶという情報を耳にしたら、痒くなる前から薬を使うのがよいでしょう。
前回は角膜上皮の物理的な角膜のキズや細菌感染による潰瘍について書きました。今回は、化学薬品によるキズ、熱傷で引き起こされる障害について書いてみます。化学薬品は食器洗い用の洗剤や漂白剤、工場などで使用する酸性やアルカリ性の製剤などさまざまです。多くは、角膜や結膜に「びらん」という細胞のキズを生じて充血や痛みも伴い(下図)、程度が強いと上皮剥離という状態になります。食器洗いなどの中性洗剤やシャンプーは、その瞬間はとてもしみたとしても大きな障害が残ることは少ないのですが、カビ用の漂白剤や、パイプのつまりを溶かすための薬品はアルカリ性が強いので、場合によっては障害が残ることがあります。工場や現場で使用頻度の高い薬品に、酸性では塩酸、硫酸、硝酸、アルカリ性では水酸化ナトリウムという劇薬があります。酸性の薬品は体の主成分であるタンパク質の凝固壊死を引き起こし、アルカリ性の薬品は融解壊死を引き起こします。簡単に言えば、凝固壊死では表面に障害が留まりますが、融解壊死ではタンパク質を溶かして滲み透るので、より奥の部位まで障害を引き起こすということです。パイプのつまり用の薬品は水酸化ナトリウムが主成分なので、髪の毛などのタンパク質を融解して流れやすくする仕組みになっています。熱傷では台所での油ハネなどが多いのですが、普通は量が少ないので一部分の障害だけですむことが多いようです。もちろん熱傷は熱によるタンパク質の変性が障害の主因なので、大量の油を浴びればただではすみません。洗剤、熱傷、薬品のいずれでも、病院に連絡する前にすぐに洗眼することが大事です。水道水で良いので5分以上は洗眼してください。その後はできるだけ速やかな受診が望ましいのですが、何が眼に入ったかを伝えると治療に役立ちます。容器を持っていくだけでも十分です。
治療は消炎、感染予防、角膜保護が中心になり、それぞれの点眼薬を組み合わせて使います。角膜の細胞を再生する「幹細胞」は角膜の周囲(下図)にあるので、そこが無事であれば多くの場合時間がかかっても大体は治癒します。薬剤(特にアルカリ性のものなど)によって幹細胞の障害が強くなれば、角膜上皮の再生が遅れるので治療が難しくなります。この幹細胞の部分は、白目にある結膜という組織と角膜の透明な部分を隔てる境界線の役目もしているので、そこがひどく障害されると黒目(角膜)の内部へ白目の結膜や血管が侵入し、角膜が濁ってしまうこともあります。また、結膜に炎症が強い場合は白目の結膜とまぶたの裏の結膜が癒着してしまったり、重症のドライアイが生じて角膜が混濁してしまったりして、視力が悪くなることもあります。
抗生物質などの薬剤の副作用や免疫反応の異常で、全身の皮膚や粘膜にびらんや水疱が生じるスティーブンスジョンソン症候群(SJS)という病気は場合によっては命に関わる重病なのですが、これが眼に起こると白目とまぶたの裏の結膜が癒着する、重症ドライアイが生じて角膜が混濁する、など化学外傷のとても重篤な状態と似た症状になる場合があります。化学外傷でもSJSでもこのような場合の治療はとても難しく、一般の病院での治療は困難です。専門病院では羊膜という妊娠中に胎児を育てる子宮の一番内層の膜を用いて、同時に角膜幹細胞の移植も行なって治療する方法もあります。SJSはともかく、化学外傷などでは現場でゴーグルをするなど予防しておくことが大切と考えるべきであると思います。
直径1センチあまりの小さな組織ですが、角膜は体の中で唯一透明で大事な部分ですので大切にしましょう。