角膜内皮の障害の治療
院長 廣辻徳彦
5月といえば大型連休。当院では毎年暦通りの診察ですが、土曜日がお休みの企業では間を休みにして9連休にして、海外旅行ができる長い休暇になるところもあるようです。サービス業などでは仕事で大忙しになるところもあるでしょう。遊びでも仕事でも、疲れ過ぎないように気をつけたいものです。
前回は角膜内皮障害について書きました。詳しい治療までは記載しませんでしたが、この4月中に興味深い講演を拝聴しました。内容が角膜内皮障害の治療についてでしたので、この機会にその講演の内容を含めて角膜内皮障害の治療について書いてみたいと思います。最初に角膜内皮細胞のおさらいです(下図左参照)。角膜内皮細胞は角膜一番内側にあり、角膜の透明性を保つ働きをしています。この細胞は一度障害されると再生できない特徴があり、周囲の細胞の面積が大きくなって傷んだ細胞の面積分を補います。角膜内皮細胞密度が一定数より減ると角膜の透明性を保てなくなり、角膜が浮腫(むくみ)を起こして混濁してしまいます(水疱性角膜症)。角膜内皮に障害を引き起こす原因には、原因のわかっていないフックス角膜ジストロフィーという病気や、白内障手術に代表される眼内手術、レーザー治療(レーザー虹彩切開術など)、コンタクトレンズなどがあります。
従来(というかほとんど現在)、角膜内皮障害が原因で生じる角膜混濁(水疱性角膜症)に対しては、角膜移植が唯一の治療法でした(角膜移植にもいろいろと種類がありますが、これについてはまた別の回に詳しくご紹介します)。角膜内皮障害に従来から一番多く用いられているのは、角膜内皮も含めて角膜全層を移植する「角膜全層移植(中央上図)」です。レシピエント(角膜を提供される側)の角膜(図では黒)を、角膜全層ごとドナー(角膜を提供してくれる側)の健常な角膜内皮(図では薄いグレー)と交換します。角膜内皮の拒絶反応の他に、細かな縫合が必要になるので「乱視」が出やすいという欠点があります。最近ではドナーの角膜内皮一層のみをレシピエントに移植する「角膜内皮移植(中央下図:角膜の内側の黒い線が移植された角膜内皮)」という方法が用いられるようになっています。拒絶反応以外に内皮細胞層がくっつかないというリスクもありますが、内皮細胞のみが障害されている場合には乱視が出にくいので有効な治療となっています。
今回、拝聴したのは、同志社大学教授の小泉範子先生の「培養ヒト角膜内皮細胞注入療法」という講演です。小泉先生は京都府立医大の眼科医で、現在は同志社大学で研究を行なっていらっしゃいます。その治療法は、ドナーの角膜から人工的に培養された角膜内皮細胞を、培養された細胞の状態で、ある種のROCK阻害剤という薬剤とともに患者さんの眼内(前房内)に注入し3時間のうつむき姿勢をとれば、バラバラだった角膜内皮細胞が角膜内側に生着し角膜内皮として働くというものです(左図)。書いてしまうと簡単そうですが、小泉先生らのグループが、京都府立医大の眼科学教室と連携して長年の研究の結果考案された治療法で、現在京都府立医大で医師主導の臨床治験が始まっています。今のところこの治療を行なった患者さんは、角膜の透明性がとても改善しているという報告でした。将来、「安全性が確立された施設」で、「安定した形での培養角膜上皮細胞の供給ができる」などの条件さえ整うようになれば、ドナー角膜の提供が少なくても多くの患者さんの内皮障害の治療が行われる期待が持たれます。また、再生しないと言われていた角膜内皮細胞にROCK阻害剤の点眼を用いることで再生を促しうるようになるという研究データも紹介されました。角膜内皮細胞がどうしようもなく障害される前に治療できればありがたいことで、これら新薬の開発も期待されています。ここに至るまでには数多くの実験や同じほどの失敗、研究の競争もあったはずで、先頭に立って研究を進めている先生にはいつも頭がさがる思いです。