眼の健康とコンタクトレンズの専門医 医療社団法人 広辻眼科

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広辻眼科マンスリー 第m153

投稿日 2018年11月2日

理事長との別れ

院長 廣辻徳彦

十一月です。夏の暑さや台風に翻弄されてきましたが、朝晩冷え込みを感じる季節になってきました。
すでにご存知かと思いますが、十月十日午前五時二十九分に当院の理事長、廣辻逸郎が急逝しました。享年九十一歳、あと約二週間で九十二歳になる直前のことでした。前日の九日朝まではいつもと変わらず元気でしたが、朝食後に体調が変化し、午前八時半過ぎに救急車で病院に行き、検査、治療をしていただいたのですが、深夜に状態が急変し、翌日十日の早朝に旅立ってしまいました。病気が原因であるとは言え、発症してからの経過が急であったため、当時は何がどうなったのかわからない状況でした。
理事長は、旅行と写真が好きで、九十歳を過ぎても日帰りや、時に泊りがけの旅行に出かけてはたくさん写真を撮っていました。趣味の俳句も新しい歳時記を購入したところでした。これからも多くの句を詠むつもりだったのでしょう。ラジオ講座などでハングルも勉強していました。先月のマンスリーには、「オール宝塚」という写真展に出品する予定だと書いていました。写真仲間の皆様は出展予定の作品を展示してくださると仰って下さいましたが、残念なことに家中を探しても準備していたはずのパネルを見つけられませんでした。同じ構図だと思われる写真をこの面に載せますのでどうぞ見てやって下さい。そういえば、十一月には舞台を観に行くと西宮芸術劇場での公演の切符を購入していましたし、次の旅行の予約と振込みまでもしていました。このようなことになって周りの私たちはもちろんですが、きっと自分が一番驚いていると思います。
十月十日、ちょうど「目の愛護デー」に旅立ちました。大正最後の年に生まれ、来年の新しい年号に向け、四つの年号を生きるつもりでいたはずです。青年期に太平洋戦争を体験し、この平和の時代のありがたさを度々マンスリーにも書いていました。理事長が広辻眼科を開院したのが昭和三十八年、理事長はいなくなってしまいましたが、これからもスタッフ一同と共にこの地域での診療に励んでいく所存です。宝塚を愛し、多くの皆様に支えられてきた理事長にこれまでご厚情をいただいたこと、誠に感謝しております。これを読んでいただいた皆様のさらなるご健康をお祈りいたします。

健康とは! 「終活」とは言いますが・・・ 

これまで理事長が書いてきた「健康とは!」ですが、まさか自分が11月号の執筆をできなくなるとは考えもしていなかったでしょう。年齢を考えれば十分に健康であったと思われる理事長ですが、世の中わからないことがあるものです。生き物すべてに「死」は訪れます。病気で急逝することもあれば、急な災害や事故で命を失う場合もあるでしょう。余命がわかれば準備もできるとも言えますが、闘病生活が長くなると精神面だけでなく金銭的にも負担となります。「ピンピンコロリでいけたらいいね」はある意味理想です。でも、あまりに急なお別れがいいとも言えません。最近「終活」という言葉があります。日本では2人に1人はガンになり、3人に1人はガンで死ぬ時代です。そういうことは耳にしていても、自分で「終活」をしっかり行うことは難しいものかと思います。

和歌山由良のわかめ干し

病気やケガや災害、その日、その時がいつ訪れるかは誰にもわかりません。「終活」とまではいかなくても、ある程度は身の回りの整理をしておくのがよさそうです。先月号には、「プラス思考の生活を心がけましょう。」と書いていました。おそらく日々そうして過ごしてきた理事長は、80歳を過ぎてからも旅行やパソコン、カメラなど毎日何かをしていましたし、暇があれば梅田のヨドバシカメラに出かけていました。もちろん悲しいこと、楽しくないこと、90年分あったとは思います。けれど、いなくなったことを皆さんに残念がっていただけた理事長の人生は、十分に「健康」で幸せだったと言えるでしょう。当然ですが、自分の「終活」はまったくしていませんでしたから、今でも周囲は大変困惑しています。私はようやく「アラカン」世代です。「戦争」の経験はもちろんなく、困難な人生を送ってきたこともありませんが、これからも健康やそれにまつわる話題などを書いていきます。