眼の健康とコンタクトレンズの専門医 医療法人社団 広辻眼科

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眼の病気 No.e218

投稿日 2026年7月2日

角膜輪部幹細胞疲弊症とiPS細胞

院長 廣辻徳彦

2019年のマンスリーに大阪大学の西田教授をはじめとする研究グループによる「ヒトiPS細胞由来の角膜細胞による角膜移植の臨床治療計画」についての記事を書きました。以後、臨床研究で数例の患者に治験が行われ、重篤な副作用がなく、有効性を支持する結果が得られたという結果が科学雑誌に掲載され、さらに今年には、実際に製造販売承認を目指した企業治験が始まったとのニュースがありました。今回はもう一度これについて書いてみます。

私たちは、眼球の表面にある角膜(いわゆる「くろめ」)を通してものを見ています。透明な角膜の表面には角膜上皮という細胞があり、皮膚の細胞と同じように、毎日古い細胞がはがれ落ち、新しい細胞へと入れ替わっています。新しい細胞の供給する細胞を「幹細胞」といいます。角膜の幹細胞は、角膜と結膜の境目にあたる「輪部(りんぶ)」と呼ばれる場所にあり、角膜内に血管が侵入するのを阻止して透明性を保持するするバリアの役割も果たしています。ケガか何かで角膜に傷ができたとしても、幹細胞が保たれていれば、傷が治って透明な角膜に戻ります。図は角膜を結膜の境界にあたる輪部の写真です。わかりにくいのですが、透明の細い縦の筋が幹細胞です(一部黒線を入れています)。
何らかの原因でこの幹細胞が大きく失われると、角膜の傷が治らなくなってしまいます。同時に、バリア機能がなくなるので、白目(結膜)の細胞や血管が角膜の中へ入り込んできます。その結果、角膜は白く濁り、重い視力障害を起こすことになります。この原因として代表的なのが、化学外傷です。漂白剤のアルカリや工業用に使われる塩酸や硫酸などの酸が目に入ると、角膜上皮だけでなく輪部の幹細胞まで障害し、特にアルカリは組織の奥まで浸透して重い後遺症を残すことがあります。薬や感染症をきっかけに重い全身のアレルギー反応が起こる、「スティーブンス・ジョンソン症候群」という病気も角膜障害の原因になります。高熱とともに皮膚や粘膜に強い炎症が生じ、眼球の結膜や角膜に慢性的なドライアイや角膜への血管、結膜上皮の侵入などが起こります。「眼類天疱瘡」という自己免疫の病気では、自分の免疫機能が結膜粘膜などを攻撃し、結膜が固くなって(=瘢痕化)いきます。進行すると、眼瞼(まぶた)の裏側と眼球結膜が癒着したり、角膜が濁ったりして、視力が大きく損なわれることもあります。これらのように、角膜の表面の大切な細胞を作る元となる「幹細胞」というものが失われて、癌表面の異常を生じる病気を、「角膜輪部幹細胞疲弊症」といいます。
この病気の治療は難しいものでしたが、角膜の輪部組織を移植する治療が行われています。片眼だけの病気であれば、健康な反対側の眼から一部の輪部組織を、両眼に病気がある場合には、角膜移植のために提供された角膜片から輪部組織を移植します。この際、同時に炎症を抑え、結膜組織の表面を整えるために胎盤から採取した羊膜を移植する方法が行われ、有効な治療になっています。

大阪大学の研究はiPS細胞を用いた再生医療です。iPS細胞は皮膚などの細胞に特殊な処理を加え、さまざまな細胞へ変化できる能力を持たせた細胞です。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)のHPから転載した図を示します。内容や言葉はむつかしいですが、iPS細胞から角膜上皮前駆細胞を作り出し、いろいろな工程を経て「角膜上皮細胞シート」を作成し、それを病気の人の眼に移植するという方法で、失われた幹細胞そのものを補うことを目指した新しい治療です。この研究が期待できる結果を示し、製品化を目指した企業治験が始まりました。まだ一般の病院で受けられる治療ではありませんが、実用化へ向けて大きく前進したことになります。関西万博でiPS細胞由来の心筋細胞が展示されていましたが、日本ではiPS細胞から作った心筋シートを用いた治療が世界で初めて承認されました。角膜上皮シートもこれに続くことが期待されていて、日本発の再生医療が新しい時代を切り開こうとしています。再生医療は遠い未来の話ではなく、これまで治療が難しかった患者さんに新しい光が差し込み始めています。数年後には、「角膜の再生医療」という治療が、特別なものではなくなっているかもしれません。